内容説明
イギリス留学中に倫敦塔を訪れた漱石は、一目でその塔に魅せられてしまう。そして、彼の心のうちからは、しだいに二十世紀のロンドンは消え去り、幻のような過去の歴史が描き出されていく。イギリスの歴史を題材に幻想を繰りひろげる「倫敦塔」をはじめ、留学中の紀行文「カーライル博物館」、男女間における神秘的な恋愛の直観を描く「幻影の盾」など七編をおさめる。
著者等紹介
夏目漱石[ナツメソウセキ]
1867‐1916。江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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のっち♬
151
『吾輩は猫である』と並行して発表された短編7篇。異性間の恋愛の神秘にロマンティシズムで切り込む当時ならではの作風。『幻影の盾』『薤露行』では忠義と恋愛の狭間で揺れる騎士を格調高い雅文体で描いており、和漢洋の集合や自己投影に欧州への対抗意識が伺える。『倫敦塔』『一夜』も著者の神経症的な幻想癖や連句遊びの賜物と言えよう。現代小説『琴のそら音』『趣味の遺伝』は写実主義手法の挑戦で、冷静な好奇獣の態度が探偵嫌いの漱石らしい点。後年廃れるロマン志向の作品にも終生対峙した幻影や実存的恐怖・不安の陰翳の萌芽が見られる。2023/01/12
優希
125
漱石初期の短編集です。幻想と現実が織混じった世界は、時間も空間も操っているようでした。全ての短編が作風も文体も異なり、実験的な要素があると思います。短い話1つ1つが幻想的で、世界観に導かれて彷徨うようでした。古き良き英国の幻影、格調高い日本の中に潜むユーモア。どの作品にも見られるのは漱石の英国留学の影響でした。神秘的な作品も多く、また他の作品に通じるような表現もあり、短編ならではの魅力があります。古文・漢文・英文の素養がふんだんに盛り込まれているのも美しい文章に結びついていると思いました。2015/09/25
ゴンゾウ@新潮部
102
漱石初期の短編集。とても読むの苦労しました。英国留学時の倫敦塔/カーライル博物館は難解だったがなんとか。幻影の盾もなんとか。琴のそら音/趣味の遺伝は漱石のユーモアのセンスがきらりと。2016/11/05
アキ
101
夏目漱石が英国留学したのは明治33年から約2年間だった。ロンドンに到着し、その数日後に倫敦塔を訪れたらしい。日本に帰国後発表した「倫敦塔」は実際に訪れた随筆に、処刑された数々の過去の人たちが蘇る幻想文学となっている。とても面白い。「幻影の盾」「カーライル博物館」も現実と幻想の入り混じった作品。漱石のイギリスの古典文学に対する教養が横溢して、美文調の文章が格調高く、現代の読者からは近寄り難い。「倫敦塔」にも登場する「レディ・ジェーン・グレイの処刑」ドロラーシュ1833年をナショナル・ギャラリーで見るつもり。2024/02/12
青蓮
94
イギリスに留学した漱石が訪れた倫敦塔。漱石は塔の中を自由自在、夢幻のままにその塔に刻まれた歴史を思想する。「カーライル博物館」では当時のイギリスの風景を覗くようだ。「琴のそら音」は幽霊も迷信も信じない主人公が友人や置いている婆さんの言葉を受けて一度湧いた疑念、不安が膨れ上がるのを抑え切れずに神経を参らせる様が面白く描かれている。「一夜」は幽玄で儚く美しい。霧や霞のように漠として掴みどころがないがそれもまた夢のよう。戦地で命を落とした友人を偲び彼に関わりがありそうな女を追跡する「趣味の遺伝」も発想が面白い。2019/08/30
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