2017年にノーベル文学賞受賞が報道された時以来、著者の作品を数編読んできた。本書は、その年に読んだが、まもなく封切られる(2025年9月5日)映画を見る前にと、この8月中旬に再読した。 原題の A Pale View of Hills からは、イシグロが幼少期に見たであろう長崎の稲佐山の風景が連想される。第二部の冒頭には、…a pale outline of hills visible against the cloudsとあり、夏空の下に見える稲佐山への場面へと描写は進んでいく。 美しい表題とは裏腹に、苦悩する女性たちの物語である。戦後復興期の長崎と物語の今の英国との距離、また、過去と今という時間を包み込む「私」の回想の物語。女友達の娘が手にした蜘蛛に対する肌感覚の記憶。おぼろげながら見え隠れするの娘の自殺という痛ましい事実。 始まりは、主人公のもう一人の娘のNikiという名前の由来。最後は、出ていくNikiに母親としての「私」が手をふる場面。続編が書かれるのではないかと期待できる終わり方だ。