先月読み終わった芥川龍之介選の『英米怪異・幻想譚』の巻末には、芥川本人の「馬の脚」という現代風お伽噺が収録されていて、解説に英語にも翻訳されているとあったので、本書で英語版を読んだ。英米文学を英語で堪能していた芥川が、自作の英語訳に接したらどんな感想を持ったのだろうかと想像しながら他の傑作も読んでみた。 驚いたのが「羅生門」。日本語では数回読んできたが、経験したことのない「黒」の威力が、徐々に拡大していく展開を目の当たりにした。冒頭の一匹のcricket(コオロギ)から複数のcrows(カラス)、そして最後はthe cavernous blackness of the night(洞窟のような夜の闇)にのみ込まれた。 こんな感覚は日本語では起こらなったので急いで原著を見たら、冒頭に登場する一匹の虫は「蟋蟀」とあった。これは英語の誤訳かと思って、さらにウィキペディアで調べたら、古典では「コオロギ」を「キリギリス」と称していたとあったので、膝を打ったしだい。無意識に「緑」を連想した読み方が間違っていたのだ。 改めて、芥川の、短編の中に無限を封じ込める筆致のすごさに感無量。主人公の下人は、いまだに平安時代の闇の中をさまよっているにちがいない。