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洋書 The Well at the World's End

著者は、デザイナーとして有名なウィリア…

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著者は、デザイナーとして有名なウィリアム・モリス。ヴィクトリア朝で活躍したこの創作家は、詩や幻想的な散文物語を書き残した文学者でもあった。
　本書は、1896年に刊行された長編ロマンス。邦訳は『世界のはての泉（上・下）』（晶文社）の表題で出ているが、今では入手困難である。
　中世を舞台にした若き王子の冒険と恋、そして帰還をつづった幻想譚。大活劇を期待して読み始めたが見事に期待は裏切られた。翻訳が再刊されないのは、この冗長な展開が理由かもしれない。荒俣宏が、この作品には「人間の力強い蛮性がない」（『空想文学千一夜』工作舎）と書いていたのを思い出した。　
　父の指示に背き、一人旅に出た主人公のラルフは、物語が始まるとすぐに、愛馬の「ファルコン」を失ってしまう。ハヤブサの名をもつ駿馬の喪失から、展開は徐々に、徒歩の速度となる。その後も馬は登場するが、単なる移動手段として描かれるのみだ。
　モリスが描いたのは産業革命がもたらした機械化による「速さ」への反抗だったのだ。この部分で社会主義者としての思いが感じとれる。
　英文にしても、頻出する古い表現に、活字を追う目の動きが止められる。当時の英国人の大衆がどこまで古い語彙を理解していたのか分からないが、少なくとも、同時代のディケンズ等の作家が書いた小説の文体と異なる文章だ。単純に言うとスラスラ読めない。
　しかし、舞台は森の中なので、動きは遅くて当然なのだ。モリスが表現したのは、中世の時の流れだったのだ。根をはる大木。絡み合う枝。生い茂る葉。視覚的には、モリスのデザインそのものの世界。
　気がつけば、読み進めるうちに遅読を楽しむようになっていた。一文字、一行、そして一頁と。この物語を堪能するには急ぐことは禁物だ。見慣れない古語との遭遇では、本を置き、その意味を調べる。この中断が適度な小休止になる。忘れていた無邪気さが蘇る。
　読み終わってみれば、英国の昔話だった。ラルフの成長と夫婦の愛の物語。「世界の果ての泉」の水を飲んで、幸福を手に入れた主人公とヒロインのアーシュラは、モリスが夢見た「ユートピア」を生きたのだ。
　読者もまた、読み終えることでこの神秘の「水」を飲むことになる。

タグロマンス、ユートピア

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