本書は2002年に岩波書店から刊行された『ボルヘス文学を語る』の新装版である。文庫化に伴い、旧版の「詩的なものをめぐって」という副題をもとに新版の表題を変更にしたように見えるが、正確には、原著(英語版)の題名であるThis Craft of Verseを邦訳した形式である。 「仕事」は英語のcraftに対応する翻訳だが、個人的には産業革命以前の「手作業」を連想する英単語だ。ヴィクトリア朝英国の作家・デザイナーだったウィリアム・モリスが推し進めたArts and Crafts Movementを思い出した。 本文では、著者のボルヘスが、日常的な単語を文学としての「織物」に織り上げていく詩人の詩作は魔術的、と語っている。まさに地味な職人技である。 また、「詩はそこらの街角で待ち伏せしていて、いつ何時、われわれの目の前に現れるやもしれない。」と冒頭に印象的な記述がある。この感覚を体験するにも、文庫になった本書は好都合だろう。外出時には持ち歩生き、凝視を強要するスマホをしまって頁をめくれば、いつもと異なる詩の世界が目の前に広がるかもしれない。