内容説明
【気功×人類学】統計を超えた「身体の知恵」――〈気〉の生起と癒やしの謎に迫る
本書は、単なる「気功のやり方」を教える実用書ではありません。目に見えない〈気〉が、いかにして個人の「生きる実感」や「癒やし」へと転じるのか。そのプロセスを身体感覚のレベルから解き明かした、比類なき医療人類学的エスノグラフィーです。
著者は、上海中医薬大学を卒業し、臨床の最前線を経験した元実習医。理論と臨床の乖離に抱いた違和感を端緒に、著者は人類学者として現代中国の対照的な二つの現場へと深く潜入しました。
・制度化された「官」の現場:伝統文化として教育・研究の対象となる「上海気功研究所」
・希望と連帯の「民」の現場:癌という困難に抗い、患者たちが呼吸を合わせて「共に生きる」民間「郭林気功」の合宿現場
最先端の人類学理論(情動、想像力の技術、身体化)を補助線に、気功の動作や呼吸が引き起こす「微細な感覚のゆらぎ」を緻密に記述します。それが統計やエビデンス(平均値)ではこぼれ落ちてしまう、個人の、そして集団の「癒やし」へと結晶していくプロセスを浮き彫りにします。
「気とは何か」「治るとは何か」。数値では測れない身体の声を聴き、生を整えていくプロセスとしての〈治〉の在り方は、現代における「ケア」の在り方を問い直す、知的で温かな示唆に満ちています。
【本書のポイント】
・圧倒的な現場感:最大規模の気功研究機構と、癌患者の自助組織での長期参与観察でディテールを詳しく記述。
・中医学×人類学の融合:中医師としてのバックグラウンドを持つ著者だからこそ描ける、理論と身体感覚の交錯。
・〈気感〉の正体:指導者がいかにして生徒に〈気〉への注意を養成させるのかを解明。
・気功の歴史を分析:「気功」という概念が、中国共産党の政策や社会状況の中で「創られた伝統」として形成された歴史を詳しく分析。
・「ケアのロジック」の提示:統計やエビデンスではこぼれ落ちる、個人の微細な情動や身体感覚が、環境や他者と響き合いながらいかに〈治〉を形作るかを分析。
【著者プロフィール】
黄 信者(こう しんじゃ)
1987年、中国上海市生まれ。上海中医薬大学を卒業後、来日。立命館大学で心理学を経て文化人類学を専攻し、博士(国際関係)を取得。現在は立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。自身のルーツである中医学と人類学の手法を組み合わせ、目に見えない「癒やし」のリアリティを追究している。
【本文より抜粋】
◆エピグラフ
人の生は気の聚(あつ)まれるなり。聚まれば則ち生と為り、散ずれば則ち死と為る。 『荘子・知北遊篇』より
◆序章
本書で行う研究は、中国古代思想や哲学をもって、理論的に〈気〉を説明するのでもなければ、既成の中医学や伝承された知識に基づいて気功の治療効果やメカニズムを分析するのでもない。むしろ、〈気〉、および気功を「中国古代思想・哲学」「中医学」といった従来の枠から取り出したいと考えている。
そのため、本書では、気功現場で「実践している身体」(私の身体を含む)に焦点を当て、その気功現場での身体経験と〈気〉や〈治〉という気功における中核的概念の構築・生成との関連性を可能な限り明らかにする。このように、本書は、〈気〉に関わる哲学的検討、気功における自然科学・臨床的な研究とは異なり、実践に根ざすかたちで論じる人類学的アプローチにより、気功および〈気〉や治療効果をめぐる人類学的議論、気功の核心の理解に寄与することを目的としている。
◆終章
統計やガイドラインではこぼれ落ちてしまうような微細な身体の感覚・情動や、病とともにある生活の語りに、もっと耳を傾けること。あるいは、診療室の外、時間帯や空気、場所の静けさや光の柔らかさ、といった環境が、身体にどのような作用を及ぼすのかを治癒の資源として捉え直すこと。そして何よりも、治った・治らないで終わらせず、その人がどう生き続けていけるかを支える実践や、人および環境とのつながりを、〈治〉の一部として制度的にも育てていくこと。
こうした感覚・情動的経験に根ざした視点は、気功という特異な実践を超えて、現代医療やケアをもう一度「人間の経験」という地平から見直すうえで、大切なヒントになるだろう。
【目次】
プロローグ
序 章 不可視の〈気〉、不透明な治療効果
第Ⅰ部 〈気〉をめぐる言説と現場
第一章 〈気〉はどのように研究されてきたか
第二章 気功の現場と実践
第三章 現場における気功をめぐる歴史と言説
第Ⅱ部 気功現場における〈気〉と〈治〉の生成
第四章 〈気〉と〈治未病〉――制度化された気功実践
第五章 〈吸、吸、呼〉と〈抗癌〉――民間における気功実践
終 章 〈気〉の人類学
エピローグ
注
参照文献
索 引



