〈ツイッター〉にとって美とはなにか

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〈ツイッター〉にとって美とはなにか

  • 著者名:大谷能生【著】
  • 価格 ¥2,420(本体¥2,200)
  • フィルムアート社(2026/04発売)
  • ポイント 22pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784845923106

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内容説明

なぜ「書くこと」が〈わたしたち〉を隔て〈わたし〉を引き裂くのか?

インターネット環境とデジタル・デバイスの発達によって「書くこと」と「話すこと」が限りなく近接する現代の状況を哲学・日本語学・批評・文学・美学の知見から縦横無尽に論じる「Twitter」時代の終焉に捧ぐ、大スケール言語文化論!

なぜ声をそのまま文字にできないのか?
なぜ炎上は起きてしまうのか?
なぜSNSで熟議は生まれないのか?

その答えを探るために、本書が議論の礎とするのが、「書くこと」と「話すこと」とのあいだに鋭い対立を見出した吉本隆明の『言語にとって美とはなにか』である。

第一部では、吉本の主張に沿って、書くことは言葉の〈自己表出〉性と〈指示表出〉性とのあいだで自身を引き裂かれる「疎外された労働(カール・マルクス)」であることが確認される。ほかにも、日本語詩のリズムについて論じた菅谷規矩雄、言語活動の成立条件として〈主体〉〈場面〉〈素材〉を挙げた時枝誠記、「書くこと」による精神の発展史を記述したG・W・F・ヘーゲル、〈かつてあった〉ものとして写真を論じたロラン・バルトらが言及され、本書における重要な論点が提示される。

第二部では、写真・映像文化の黎明期における西洋の言語活動を、様々な「指示表出」と「自己表出」のアレンジメントの表れとして分析する。「指示表出」の体系を転倒させる遊戯を試みたルイス・キャロルに対して、「自己表出」の無軌道な噴出としての「犯罪」を描いたコナン・ドイル。シャルル・ボードレールが称揚した「現代性」を体現するかのようなギュスターヴ・クールベやエドワール・マネの絵画。ジャン リュック・ゴダールが主張したように、「イメージ」と「言葉」を巡る権力配置の問い直しの可能性を秘めたサイレント映画。映画的視覚による「観察」を小説に書き留めたフランツ・カフカ、「サイレントからトーキーへの移行」を自身の思想に反映させたルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン……それら西洋の文化圏を根底で規定する「音声中心主義」について、ジャック・デリダ、J・L・オースティンを参照しつつ論じる。

第三部では、現代的な日本語が定礎された時代の日本の作家たちについて考察する。『文学論』で普遍的な「言語活動」の枠組みを提示しようとした夏目漱石、それに対をなすかのように「口誦文学」の伝統を更新しようとした正岡子規、「ローマ字日記」によって都市を描写しようとした石川啄木、そして『古事記』を「天皇の声」を記録したものとして捉えた本居宣長にまで遡り、その『古事記伝』について論じた小林秀雄の「近代性」について、橋本治を参照しつつ考察する。

第四部では、前述された論点から、「『書く』ことと『話す』ことが軋みの音をあげながら交錯する」場としてのツイッターを分析する。SNSと「熟議」の関係について論じるキャス・サンスティーンの議論や、トランプ現象、米議事堂襲撃事件などが言及される。そして、吉本の述べる〈大衆〉を「「書く」ということに携わらない人々」として捉え、「SNSで投稿する人々」に適用することによって、その概念の現在性を明らかにする。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

かじ

23
ところどころ引き込まれるように面白い、〈ツイッター〉はじめ、言説も芸術も複製される現代における書くことを問う書。書かれた瞬間から始まる疎外をどのように飼い慣らすか。無数かつ多様な受け手と、変容する自己をどのようにテクストが架橋してゆくのか。論の射程が広く、特に啄木や小林秀雄などは、自分自身への興味づけとして読んで良かったと思えた。こうして書くことも、今読みおえた本書も、〈それはかつてあった〉に不可避的に繰り入れられるのだが、私はそうした時間の経過と、全てが移り変わっていくことを祝福しよう、と思う。2025/12/14

しゅん

16
〈ツイッター〉にとってというより、実際は「書く」ことがメディアとどのような関係を結ぶか、というもっと大きな話題。ヘーゲル~マルクス~吉本ラインの、「書く」ことが知性の契機であると同時に自分からの「疎外」であるという話。バルトの、写真が「書く」ことの変化を機能させないという話。かつて、「書く」が知識階級の独占所有だったことに対して、「書く」と「話す」が混在したまま大衆に共有されるSNSの登場。その歴史と可能性を、あらゆる作家(デリダ、フーコー、夏目漱石、橋本治、小林秀雄etc)を召喚させながら紐解いていく。2024/01/03

なつのおすすめあにめ

6
吉本隆明の『言語にとって美とはなにか』へのオマージュをタイトルに持ってきた「ツイッター」について書かれた本、ということで期待して読んだ一冊。吉本隆明以外にも様々な文学やら哲学を盛り込んでおり面白い。声を文字にする、この行為を理解しないままスマホの普及でSNSを利用する人が増えたらどうなってしまうのか、トランプ現象などの社会問題にも関係してくる。「そんなに考えてSNSなんかしていないよ~」という話ですが。そう言えば宇野常寛も『遅いインターネット』にてLINEと対幻想を対比させて論じていたが、言及はなかった。2024/06/02

yoyogi kazuo

4
思ったより読みやすかったが、SNS以後に「書く」ことの意味について、論旨が明確に掴めない。繰り返し読む必要がある。2023/12/04

辻薫

3
何度読んでもおもろい。ただ、かなりの情報量で、私一人では手に負えないので、もっと多くの人に読まれてほしい。目次に並んだ著作家たちの書くことをめぐる言語論・メディア論の読解は明晰で見事なんだけど、全体的にくだけた口語が入り込む文体も楽しい。例えば、いま適当に近代日本編の章を開いてみると「…と唱えた説に対して、宣長が「狂人がなんか言ってるから矯正します」的なタイトルで論駁した文の一節である」とか笑。でも、書くことと話すことの境界が曖昧になるSNSが主題の本だから、その文体であるべき必然性が感じられる。2025/10/10

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