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内容説明
現代社会で多くの人が抱いている疎外感。本書では、疎外とは本来あるべき自分の大切なものがよそよそしくなってしまう事態を指すが、マルクスにとって、疎外とは個人的な問題である以前に社会のあり方の問題であった。資本主義においては、人間は自ら作り出したモノによって自ら支配されてしまう。その疎外をどう乗り越えていけばいいのか。本書はマルクスを軸に据えながら、ヘーゲルやルカーチ、ハイデガー、フロムなどマルクス以前以後の哲学者・思想家による疎外論の系譜を辿り、最後に「疎外なき社会」を考察する。
目次
はじめに
第1章 疎外とは何か――資本主義と貧困
第2章 ヘーゲル以前の疎外論――社会契約論を中心に
第3章 ヘーゲルとヘーゲル左派の疎外論――自己意識と神の正体
第4章 マルクスの疎外論――否定すべき現実としての疎外
第5章 ルカーチの「物象化」論――マルクスとの対比
第6章 ハイデガーの疎外論理解――疎外と実存
第7章 フロムによる疎外論の展開――「持つこと」から「あること」へ
第8章 疎外論の理論的可能性――疎外されない人間と社会への展望
おわりに
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
よっち
25
「便利なのに息苦しい」という2020年代の感覚が、哲学史上重要な概念「疎外」なのではないかと考える著者が疎外概念の体系的な歴史的展開を考察する1冊。ホッブズやロック、ルソーの社会契約論を「自己の疎外」として捉え直し、ヘーゲルが疎外を自己発展のプロセスとして肯定的に位置づけた点を挙げながら、マルクスが資本主義下の「回復されない疎外」とし、ルカーチ、ハイデガー、フロムへと繋がっていく流れを紹介していて、その日常への違和感に名前を与えようとする試みには、難解な理論を丁寧に解説しようとしているのが感じられました。2026/05/05
どら猫さとっち
10
ときに何かに疎外されていると、僕は思うことがある。社会で、仲間のなかで、家族のなかで…。それは自ら作ったものに支配されるものから出るものか。マルクスを軸に、ヘーゲルやルカーチ、ハイデガーやフロムなどの疎外論を紐解き、その歴史をたどっていく。ジョン・ロックの労働論やルソーの契約論も出ていて興味深い。ヘーゲルでうまく捉えられないところもあり、西研氏「自由と普遍性の哲学」も読んでみたい。2026/05/02
μέλισσα
4
中盤の疎外、物象化、物神崇拝についての整理は非常に分かりやすかった。 マルクス理解としての妥当性と思想そのものの意義深さを区別した上で、マルクスにはない意義は認めている点についても「疎外論の」入門書として良い。 とはいえ、同時にやはり楽観主義的な側面は否めない。が、それはむしろこの本が疎外論入門として徹底しているから、と言えなくもない気がするので名著と言って差し支えないのではないか。2026/05/05
zunzun
3
マルクスの疎外論は、マルクス経済学と分離して考えられがちだが、そうではなく、労働過程から人々が疎外されていることが問題なのである。ヘーゲルの疎外論とマルクスの疎外論は異なるが、ルカーチ(前期)、ハイデガー、フロムも同根だと勘違いしていた。マルクスは清貧を訴えていたわけではない。とにかくマルクスの疎外論こそがマルクスを考える上で必須であり、マルクス初期の著作、『経済学・哲学草稿』を見逃すと、疎外論をヘーゲルと同様のもの、つまり精神的な成長を促すものだと勘違いされてしまう。だが、マルクスのは心理ではなく実態の2026/05/07
Hisashi Tokunaga
2
久しぶりに「疎外論」を読んだというのが第一。未だに見果てぬ「論」だということを再確認。筆者が向かうのは「結局こうした疎外というのは人間の運命であり、人間は常に自己の産物に翻弄され続ける存在なのかもしれな。しかし我々が依拠しようとする疎外論では、人間の可能性にもっと期待と信頼を寄せる。いつの日か人類は、疎外に苦しめられることがなくなるのではないかという希望である。」と結ぶような本書の結論に落ち着くのか?1966年の清水正徳氏「社会科学と人間ー宇野経済学と大塚史学 資本論刊行一年を迎えて」を再読してみよう。2026/05/22




