内容説明
102歳の古老は、なぜ自ら命を絶ったのか? 東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から15年 『安倍三代』の青木 理が満を持して放つ、3・11レクイエム
◆内容紹介◆
2011年4月11日深夜、東北の小さな村で、百年余を生きたひとりの男が自ら命を絶った――。厳しくもゆたかな自然に囲まれ、人と土地が寄り添ってきた村で、何が彼をそこまで追い詰めたのか。その死の背景を追ううちに見えてきたのは「国策」という名の巨大な影と、時代に翻弄される人々の姿、そして戦争の記憶だった。『安倍三代』の青木 理が静かな筆致で、現代日本の痛みと喪失をえぐり出し、美しい村の記憶と、そこに生きる人々の尊厳を描く渾身のルポルタージュ。
◆推薦◆
「この本は、ひとつの村の物語であり、同時にこの国の百年の記録である。」内田樹氏
「“この風景は私”と言えるほど土と人が結びついた暮らしを、原発事故によって断ち切られた人々の喪失が、本書には刻まれている。」藤原辰史氏
「貨幣による豊かさの名のもとに、共同体と暮らしがいかに壊されてきたか。その現実を、本書は静かに突きつけている。」田中優子氏
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
どら猫さとっち
14
東日本大震災と福島第一原発事故からちょうど一ヶ月経った日、102歳のひとりの老人が自ら命を絶った。長寿である彼がいったい何故?厳しいながら豊かな自然のなかで生きて、家族にも恵まれたのに。そこには、震災による災害の影響と戦争の過去があった。時代に翻弄され、明るく生きた彼の抱えていた苦悩とは?あれから15年、あの大震災のなかにある、ひとりの男の人生を描く慟哭と鎮魂のルポ。2026/02/23
Melody_Nelson
8
読みながら涙ぐむこと数回。102歳の古老の生涯を通して見えてくる、戦争や原発事故、つまり「国策」に翻弄され、命を奪われた人々への挽歌。「犠牲の上に成り立つ」という言い回しがあるけれど、国家は守るべき国民を犠牲にしてはならない。この古老は、硫黄島で戦死した弟に、ある種の後ろめたさを感じて生きていたのかと思えてしまう。かつて飯館村では、採れたての野菜(絶対美味!)を仲間たちと楽しく食べる、ささやかで、且つとても贅沢な時間があったはずだが、その生活を原発事故によって奪われた。空しい。でも前を向こう。2026/03/02
Ayana
8
ショッキングな内容だった。福島の原発事故が起き、飯舘村に避難指示が出た日の深夜、この村と共に生きてきた102歳のおじいちゃんが、自ら命を絶った。明治から開墾を続け、飢饉や戦争を乗り越え、守り抜いた水田や畑が、一瞬にして奪われた絶望はどれほどだったのか…読んでいて涙が出てきた。後に残された長男嫁の美江子さんが、本当によく頑張って裁判を起こし、なんとか東電から謝罪をしてもらうことになったわけだが、それでも原発をやめられないこの国ってなんなんだろう。国策の恐ろしさを痛感した。2026/02/17
ろくたろう
2
これは絶対に読もうと思っていた。読んでよかった。百歳を超える男性の自死については短いニュースで知っていたきりだった。衝撃は受けたが、数行の報道の文章以上の事は何も知らなかった。 その男性の息子の妻、美江子さんの行動は、深く尊敬するものだ。これが人間性というものだと思う。青木さんが書いて下さったからこそ、国民が広く知ることとなった。記録の大切さを改めて感じる。青木さんありがとうございました。2026/03/06
tecchan
1
2011.3東日本大震災から15年。数多くのノンフィクション本が刊行されており自身も読んだ本は数えたら30冊にも及んだ。原発事故から数ヶ月後、避難指示が出された飯館村で102歳の老人が自死した。彼はなぜ自ら死を選んだのか。その生涯、背景を探る本作はノンフィクションの傑作であり、原発再稼働の世の中にあって教訓として多くの人に読んでもらいたい作品。2026/03/27




