カタストロフ前夜――パリで3・11を経験すること

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カタストロフ前夜――パリで3・11を経験すること

  • 著者名:関口涼子【著】
  • 価格 ¥2,112(本体¥1,920)
  • 明石書店(2025/12発売)
  • ポイント 19pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784750349770

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内容説明

わたしに触れる
声の亡霊たち

世界で日々起きている破局的な出来事。その狭間を自分も生きているのだと、不意に気づかされることがある。身近な人の大切な時に立ち会えなかった作家に大震災がもたらした、生者と死者とを結ぶ思想。フランスで絶賛された震災三部作を一冊にまとめた邦訳版。

世界の至る所でカタストロフは毎日のように起きていて、わたしたちが当事者ではないためにそれを意識していないだけなのです。もっと身近に感じ、行動を取り支援をすべきなのに、想像力に欠けているがゆえに見落としているカタストロフがあります。すでに起きたカタストロフを踏まえた対策を取らないがゆえに、次のカタストロフ前夜の到来を早めてしまう場合も。震災や紛争の爪痕を忘れないため、カタストロフ前夜を呼び込まないための、これは警告としてのタイトルでもあります。――「あとがき」より


――「これは偶然ではない」レビュー

「彼女の思索は明晰で妥協がない。その物語は力強い。これは同時に、書くことをめぐっての本でもある」(『リール』紙)

「震災の前夜から、東京での「詩人の春」まで、関口は、悲しみ、驚愕、そして希望のクロニクルを続く。「これは偶然ではない」ことを思い出させるための美しい本」(『リュマニテ』紙)

「関口の「日本クロニクル」は心に、魂に語りかける。日本とフランスの違いを描き出し、傷ついた国との再会について語る」(『ル・ソワール』紙)

「関口涼子は、単なる日記以上に貴重な思索をここで書き記している。それは、文学、そして書くという、このような状況下においては些細なことに思われるが同時に本質的である行為についての、ためらいつつの問いである」(『レザンロキュプティーブル』誌)

「もし私が文学賞選考委員だったら、この素晴らしい本を賞の候補に挙げたことだろう。これは知性的で、感動的、人間的、絶望に満ちながら詩的で、哲学的でもある「非-小説」であり、ページを繰るごとに、私たちは揺さぶられる」(『ルフィガロ・リテレール』紙、ヤン・モワックス〔小説家〕)

「悲劇を距離を経て生きることは簡単ではなく、それを受け入れることはなお難しく、相対化することはほとんど不可能だ。関口は筆をとり、生の「クロニクル」を書く。それは彼女の人生のクロニクルであると同時に、それを通じて、フランスや日本でこの悲劇に打撃を受けたもののクロニクルでもある」(『ラクロワ』紙)

「彼女の作品では、詩に特有のテーマが繰り返し現れる。それは、固有名、二つであること、亡霊である。(中略)「固有名の亡霊的な現れ」はこの本を一つの墓標と成している。それは、被災者の、名が知られぬまま姿を消してしまった人たちの、地震や波にさらわれてしまった人たちに捧げる最後のオマージュなのだ」(『カイエ・クリティーク・ド・ポエジー(詩批評手帖)』誌)


――「声は現れる」レビュー

「関口は耳を傾けるようにして書く。ラジオが流す、「身体から切り離された」声に鋭い注意を向ける。(中略)思考の繊細さと正確さ…(中略)この本が美しいのは、それぞれの行が群島になり、静寂の広がりを見せ、交わり、最後には囁きになって消えていくからだ」(『リベラシオン』紙、ドニ・ポダリデス〔劇作家〕)

「死が近い人の声の響きについての彼女の描写は、その詩的な真実の輝きで私たちの心を揺さぶる。(中略)軽やかに、繊細にしかし深刻なテーマに触れつつ、(中略)、彼女は常に親密でありつつ普遍的なものに触れることに成功している。声の陰翳礼讃」(『ル・マガジン・リテレール』誌、ピエール・アスーリン〔作家〕)

「「声は現れる」は、短いが、詩に満ちている本だ。記憶について、私たちの歴史の中で声が占める場所、その力についての瞑想」(『ル・フランセ・ドン・ル・モンド』誌)


――「亡霊食」レビュー

「現実が亡霊的になり、昏いフィクションが現実になる私たちの現在において、関口涼子の繊細な思索は、思いがけない形で、現代の亡霊の恐れについて語っている」(「詩的な美しさから、暗い思索まで、関口涼子の亡霊食」シャリブド27)

「「亡霊食」は、食べものの隠された世界、その不安な面だけでなく、光に満ちた面についても語る本であり、詩的な世界が最も強く残っている。これは人生を変える本だ。人生が変わっても驚いてはいけない。本来、あらゆる本はそうあるべきなのだ」(マルタン・パージュ〔作家〕)

目次

これは偶然ではない
声は現れる
亡霊食――はかない食べものについての実践的マニュアル
あとがき

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

ネムル

19
311後の日記、死者と声、放射能と食、三編からなるエセー。先にフランス語で描かれた自作自訳、非当事者言語から10年近い時を経て当事者言語への翻訳、311を経験したパリから東京へのフライト、続発するカタストロフの最中に「以後」よりも「前夜」に向けられた思索、をコロナパニックの最中に読む。時制のゆらぐ眩暈にも近い読書経験だ。鎮魂、告発、警告と様々な性格をもつ本だが、カタストロフの最中であり、来るカタストロフの前夜でありという、ゆらぐ時制への身ぶりを強く考えさせられる本だと思う。2020/03/27

アマヤドリ

17
自分自身も震災からはじめて生活の大半の時間をかけてきたことが区切りをつけた今、そしてウィルスの蔓延で息を潜めながら在宅せざるを得ない今、この本を手にとったことの不思議を思う。 なかほどの「声は現れる」を読んでメモを書いた。 https://note.com/amayadorinote/n/nba29fe4c92cc2020/03/28

きゅー

6
著者はフランスで東日本大震災発生の一報を聞く。そこから約1ヶ月間の手記が「これは偶然ではない」として収録されている。読み進めながら、当時の空気感を思い出す。呆然としてテレビで放送される悲劇を見続けたあの週末。そして引き続く不安と人々の間に生まれた断絶。「絆」という言葉を強調すればするほど、それが困難な現実に思い知らされた。カタストロフは起きてからそれと察せられる。3.11も、新型コロナウイルスも。ようやく落ち着いたと安心している私たちは次のカタストロフの前夜にいる。それが現前するまでは誰にもわからない。2023/08/03

gorgeanalogue

6
まるで自分が書いたように思え、ここ数年でもっとも面白かった『エコラリアス』の訳者にして詩人の「311〈後〉」をテーマに中心に据えた散文詩のようなエッセイ。カタストロフの「前後」に流れる、輻輳し宙に浮いた「ぼんやりした」時間。全編に流れるのは忘却と記憶、不在と亡霊、死者の声とその回帰が「今」の時制をかき乱すことの「現れ」についてである、と言ったらいいか。今、自分が考え(ようとし)ている「残像」への興味の共振もあって、減衰しつつ「揺れ酔い」の中で読んでいるような時間だった。2020/03/03

OHNO Hiroshi

5
『これは偶然ではない』に書かれたエピソード。引用。”五百二十人の死者を出した一九八五年八月十二日の日本航空墜落事故の後、乗客名簿をテレビ画面に映しながら読み上げていたキャスターの木村太郎が、日航社長の記者会見があるというので途中でカメラと音声が切り替わろうとしていた時、上司が止めたにもかかわらず乗客名簿を読み続けた。”2021/12/26

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