内容説明
近代に発する個人概念に終始する理論構成は、単なる虚構ではないのか。ヨーロッパで著者が見た現実は、1980年代以後の日本では当然であった個人を疑う議論への絶対反対の大合唱であった。ウェーバーの中で極限に達した1つの思考様式こそが社会学を呪縛し続けているという前著『展開』で行き着いた問いへの新たな深化がここにある。
目次
まえがき
I マックス・ウェーバーが敷いた路線の行き着くところ
1 はじめに
2 二〇世紀風な議論
3 個人主義という社会像
4 ジレンマや矛盾の反照性と自己産出
II 独創性と進歩
5 独創性の呪縛
6 個人から離れる歴史学
7 進歩史観の名残り
8 個人をめぐる別の可能性
III 形而上学と実用書
9 「個人」と「主体」の形而上学
10 裏切られる個人という筋書
11 エリートの挫折という説明
12 個人を超える危険社会
IV デカルト流の社会学
13 個人は「個人」を超えられないか?
14 デカルト流の社会学
15 社会という機械
16 客観的で完全な社会
V カント流の秘教の「機械」
17 カント流の秘教
18 支配の社会学
19 正義ロボット
20 勧善懲悪社会学
VI 名望家層と局外者
21 名望家層と局外者
22 「個人」という文化資本
23 正体不明の妖怪、フーコー
24 フーコーという宿敵
VII ゲオルク・ジンメルの社会動学
25 「個人」の崇拝
26 「啓蒙」とは何だったのか?
27 個人の間
28 ジンメルの社会動学
VIII ジンメルとルーマンの社会的ゲーム
29 ジンメルとゲーム理論
30 目的論の呪縛
31 ルーマン 自己言及の社会学
32 ルーマン 永遠回帰の祭司
IX 自己言及社会と新たな人文主義
33 自己言及社会
34 新たな人文主義?
注
人名索引
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