内容説明
ダウン症のある子どもの親でもある著者が、政治と福祉、教育、マスメディア、社会学など幅広い視点から、ダウン症や障がいのある子どもたちを取り巻く政治的、社会的環境を考察し、インクルーシブ教育と社会における完全な統合の実現へ向けて論ずる。
目次
日本語版への序文
序章 私の子は他の子より染色体の数が多い
第1章 問題は保健政策に
コスト・ベネフィット分析
私事なんかではない
妊婦は消費者なのか?
私たちはどこに取り残されてしまったのか
母親とマルサス主義
ジョン・ピアソン事件
第2章 誰のための教育政策?
インクルーシブ教育か隔離か――歴史と課題
現在の保守党の考え方
インクルーシブ教育は失敗か
インクルーシブ教育の回復へ
「特別教育ニーズ」をめぐる課題
第3章 フランキー・ボイルのショーで経験したこと
「ぼくは知恵遅れなの? それとも喜んで大騒ぎしているだけ?」
エミリー
スティグマ(社会から押しつけられる差別)
第4章 国家と個人の関係
ダウン症のある子を産み育てるという「リスク」
「人間らしさ」の“超えてはならない一線”
では、私たちの超えてはならない一線は、どのくらい明らかなのか?
第5章 さて、どうすべきだろうか
提案1 一般市民が決定しない保健政策を受け入れないこと
提案2 インクルーシブ教育へ力を傾注していく
提案3 違いを欠点にはしない
訳者あとがき
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ゆう。
43
出生前診断ができるようになり、母体に赤ちゃんがいるときからダウン症の子どもがわかるようになりました。このことと優生思想や社会的な生産性論と結びつくことで、中絶が自己決定という言葉を帯びた社会的な圧力下でなされていることを問題としてあげられています。産むことに対して、また障害児を教育することに対して、それはすぐれて社会的な営みでもあるが故に政治と結びつきます。多様性を認め、誰もがインクルーシブされる社会をめざすことも政治です。この本からは障害児問題の政治性を学ぶことができました。良書です。2018/11/15
takao
0
ふむ2025/10/27




