内容説明
2025年に没後10年となる水木しげると、2024年に作家デビュー30周年を祝った京極夏彦。長年にわたって師弟関係にも似た交流を持っていた稀代の妖怪作家2人は、どのように「妖怪」を捉えていたのか。
彼らが描いた妖怪はどこがどう異なり、何が共通しているのか。
二大作家の表現を比較検討することで、私たちにとっての「妖怪」とは何かを探る。
第一章 ゲゲゲの百鬼夜行
第二章 北西妖怪百景
第三章 目に見えない世界を信じる
第四章 この世には不思議なことなど何もない
終 章 おばけは死なない
巻末付録 水木しげると京極夏彦をよく知るためのブックガイド
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
125
現代日本に妖怪を根付かせたのは水木しげるの功績だろう。江戸時代から各地に妖怪話が伝承され、鳥山石燕の妖怪画が人気だったが、明治以降は民俗学や風俗研究の一部と扱われてきた。そうした知識を吸収して漫画というエンタメに落とし込み広く読まれた水木がいたからこそ、妖怪は一般教養化したのだ。また水木の影響を最も浴びた世代である京極夏彦が妖怪作家と呼ばれるほど専心したおかげで、小説でも妖怪が多く登場するようになった。この師弟が妖怪に新しい命を吹き込み、漫画と文学で日本文化を豊かにしたプロセスを作者が楽しんで書いている。2025/12/06
keroppi
70
水木しげると京極夏彦、この二人の作家を妖怪という繋がりで語る。二人は、どう妖怪に出会い、惹かれ合い、妖怪をどう表現してきたのか。師弟関係とも言える二人、見えない妖怪を見せてくれた。私も妖怪との出会いは、「週刊少年マガジン」の鬼太郎であり、図解であった。京極夏彦とは、まだ名も知らない頃、書店で見かけた「姑獲鳥の夏」に惹かれて購入したのがきっかけだった。私も二人によって妖怪に魅せられたのだ。2025/12/29
佐島楓
64
わたしには水木作品はなんだかおどろおどろしくて怖い(でもなぜか『テレビくん』や『墓場鬼太郎』は幼児体験として知っている)存在だったのだが、一度きちんと読まないといかんかもしれんなという気持ちになった。京極夏彦御大は姑獲鳥の夏を読んでから構造を一度解体してから再構築する手法に驚愕して、これはおそらくこの著者にしか書けないと思ってから追い続けている作家だが、わたしはあまりいい読者ではない。でも必ずいつか講演会に参加して間近でお話を伺おうと決めた。チケットは争奪戦になるんだろうな。2025/11/24
yamatoshiuruhashi
46
水木しげると京極夏彦の共鳴と彼らの描く手法からの、「妖怪」の捉え方を、真面目に論究した本。妖怪とは「感じ」であり、実体は本当は見えない物だが、それを誰でもが納得するような絵とその解説で表した水木しげると、彼の少年週刊誌活躍開始時期に著作に触発された京極夏彦の妖怪を因数分解しながら推理小説に迎える手法。それぞれの相乗作用が、日本の民俗に与えた影響は小さくない。2025/11/28
ぐうぐう
30
水木しげると京極夏彦、この師弟を妖怪というフィルターから解読する。水木が妖怪を視覚化し『妖怪図鑑』を描いたのに対し、京極は怪異を感じるのはあくまで人間であり、妖怪を存在させずに妖怪の輪郭を人間を通して描いている。まるで異なるアプローチだが、二人が鳥山石燕の絵をベースに妖怪を存在させ(あるいは存在しているかに思わせ)ている点で共通している。にしても、水木の偉業なくして京極夏彦の現在はなく、もっと言えば妖怪文化自体もなかっただろう。2025/11/26




