内容説明
微生物の遺伝子に音楽を組み込もうと試みる現代芸術家のもとに、捜査官がやってくる。容疑はバイオテロ? 逃避行の途上、かつての家族や盟友と再会した彼の中に、今こそ発表すべき新しい作品の形が姿を現す――。マーラーからメシアンを経てライヒに至る音楽の歩みと、一人の芸術家の半生の物語が響き合う、危険で美しい音楽小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
NAO
85
科学の道へ進むつもりが強引に音楽の道に引きずりこまれ、転機になりそうなときにも強烈な個性をもった人物が現れてピーターを前衛音楽の世界に押しとどめた。ピーターは、今になって思う。自分の進んできた道は正しかったのだろうか、と。また、この作品は、テロに翻弄される現代社会の姿も浮き彫りにしている。ピーターは微生物の遺伝子組み換えをしていたが、もっと危険な趣味を持っている者はいくらでもいる、とピーターは言う。だがピーターの実験が発覚してからは、彼に関する情報が報道でもネットでもどんどん過激になっていき、怖いほどだ。2020/12/18
どんぐり
83
『幸福の遺伝子』に次いで読むリチャード・パワーズの2冊目。自分の脳で紡いだ音楽を、セラチア・マルセッセンスという細菌のDNAに乗せて未来永劫生き延びる可能性を夢見た男の物語。連邦政府から毒性のある細菌に細工を加えた犯罪者として追われ、最後に行き着いたのが、自分の唯一DNAを受け継いだ娘のところというのが面白い。ドイツ軍の捕虜収容所にて初演された『時の終わりへの四重奏曲』の4人組や、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の挿話は、欄外編として興味深い。2015/10/10
zirou1984
61
ある日突然、音楽を「わかってしまう」瞬間に出会った事はあるだろうか。それまでは退屈で無関係なものだと思っていたはずが、ふとした契機に自分自身を貫き届いてしまう瞬間に。前衛音楽家でありDIY生物学の趣味を持つエルズの律動を刻む現代の逃走劇と、アメリカの歴史や音楽史を伴奏に編まれた回想が交差する本作は、まるで知性と感性が手を取り合うように読み手の世界を拡張し、小説を読むこと、音楽を聴くことの喜びを更新する。物語が結び合う瞬間に自己の内側から生まれてくる感動の旋律。その響きはかけがえのない喜びに満ちている。2015/12/31
コットン
54
現代音楽と遺伝子工学とを結びつけるという着想が面白い小説。全体的には読み辛く感じるが主人公が行動し始めた中盤からは比較的楽しめました。『音楽はセラチア菌よりも多くの人を殺してきた』『安全はどこにもない。安全に見えるのはただ、危険を見ていないだけのこと』といった短文が章の切り目の役割もしている。そして数多くの曲の引用があり、そういう意味で音楽小説と言えなくもない。2016/07/21
南雲吾朗
43
核酸を増殖するPCR(polymerase chain reaction)の過程をこれ程まで詩的に記載された文章はあっただろうか?!僅か2ページの出だしの文章に、いきなりやられてしまった。 音楽の物語、否、音の物語。音は楽器から奏でられるものだけではない。あらゆる物、あらゆる言葉、あらゆる事象の中に音は内包されている。例えば、朝焼けには朝日のメロディーが、夕焼けには夕日のメロディーが、降雪も雪の種類により各々のメロディーが内包されている。この世は音に溢れている。(→続く)2018/07/03




