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内容説明
人間にとって
宗教とは何なのか?
浄土真宗の僧侶にして宗教学者の釈徹宗氏。
批評家・随筆家にしてキリスト者の若松英輔氏。
「信仰」に造詣の深い当代きっての論客二人が、
3年半にわたって交わした珠玉の往復書簡。
〈本書の内容〉
第一章 信じる
第二章 発声する
第三章 歩く
第四章 読む
第五章 施す
第六章 名づける
第七章 塔と像
第八章 境界
第九章 笑い
第十章 共同体
第十一章 死者
宗教には、心身をなげうって跳ばねば見えない領域がある
――釈
聖と俗の境界は「聖なるもの」のなかに存在する
――若松
「イエス・キリストは決して笑わなかった」というのは本当か?
――釈
必要なのは、根源的な認識とそれに基づく真の意味での共同体ではないか
――若松
先立っていった人の人生は、縁のある人の人生に混在して、血肉化していく
――釈
死者の実在は、生者の記憶や生者の存在に依存しない
――若松
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ネギっ子gen
65
【宗教者の言葉が真に花開くのは、語りです】浄土真宗僧侶の宗教学者と、批評家・随筆家のキリスト者が「宗教の本質」について交わした書簡集。巻末に対談も。新刊。釈は、<宗教的な叡智とは、この世俗を生きるための知恵とは全く異なる世界観をもった知恵のことですよね。そこで大事なのは、「もの語る」という態度だと思います。私が宗教的な言説をいちばんリアルに感じるのも、人の語りを通してです。文章を読むと陳腐な物語も、肉声で語られると血肉化する経験を何度かしているんです>。これまで聖典は声に出して読まれてきました、と―― ⇒2025/12/28
田沼とのも
24
「言葉を超えたところに何かがあることを忘れてはならない。現代人は言葉の世界に迷い込んでいる」という指摘に深く納得した。現代は、分かりやすさや説明責任ばかりが重要視される世相だが、社会や善悪や宗教などの分かりにくいものを、そのまま分かりにくいものとして受け入れることも、人間には必要な気がする。snsやメディアの虚飾にまみれた言説を簡単に信じる人は、分かりやすい言葉を求め過ぎな気がする。走ることで失われるもの、モモから引く「歩く」ことの極意、死者と弔いと人間の多層性など、宗教の本質に触れた気にはしてくれる。2025/11/18
わ!
14
浄土真宗の僧侶である釈徹宗さんと、クリスチャンの若松英輔さんの往復書簡集です。まずは釈さんが手紙を書いて、それを読んだ内容とテーマに合わせて若松さんが、また手紙を書く…そんな構成です。ただもう少し、同じテーマのまま、掘り下げたらな…とも思うのですが、書簡が一度往復すると、次のテーマへ移ってしまいますから、なんだか尻切れトンボみたいに感じるところもあります。やはり「霊性」という言葉が多様されていて、先に「霊性の哲学」を読んだのが、かなり助けになりました。「霊性」の「霊」の字に懐疑的な見方がなくなりました。2025/11/12
ken
6
宗教を語ることはとても難しい。言語化や概念化は、神秘や超越から霊性を剥奪する危険性を常に孕んでいるからだ。そういう意味では宗教学と宗教はたぶん本質的に異なっている(エリアーデの立場はそれを克服しようとするものなのだろう)。さて、そんな観点に立ってみた時、若松さんの態度はとても慎重で誠実だと思った。「宗教を論じるのではなく、それを浮かび上がらせるのだ」この若松さんの言葉にそれはよく表れている。仏教やキリスト教をしたり顔で論じることは宗教の私物化であり、その姿勢を自覚しない限り、霊性を生きることはできない。2025/12/27
tetekoguma
6
敬愛する若松英輔さんの新刊。仏教の釈徹宗さんとの往復書簡若松さんはキリスト者ですが仏教の理解も深いです。若松さんの著者はかなりの数読んでいるのですが、笑いについて語られているのははじめてで新鮮です。哲学的示唆も多く宗教との境はどこなのかと考えます。2025/10/01
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