内容説明
生い立ち、家族、病気、身近な人たちの死、短歌、生きるとは……?
穂村弘作品の解像度が上がる「弱さ」を巡る語り(ライフストーリー)
著者の語りを通して「弱さ」「ワンダー」「シンパシー」「生きる」
「生きのびる」といった著者の作品に通底する重要なテーマにも迫る。
穂村弘入門としてお勧めしたい1冊。7月11日、満月の日に発売!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
99
穂村さんは42歳の時に緑内障と診断され、20年も治療を続けているのだそうだ。緑内障は現代医学では完治出来ない。そういった病を抱えた著者による自分語りエッセイ。失明の恐れは文筆業への決意になったとのこと。ただ怖いのは恐いと正直に吐露する。自分が死ぬ時にしか治療が成功したか判別できないことから生と死に対する観念的な話も語る、緩やかに。特に父親とフジモトマサルさんの話が印象的。彼らのキチンとした生き方に感銘するも自分には出来ないと素直に他者と違う自分を認めることは、病と共に不安と付き合うのに必要なことに思えた。2025/09/10
レモングラス
92
穂村弘さんが持病の緑内障とその周辺について語られている。眼科の主治医の後藤克博先生と、ご友人の精神科医、春日武彦先生との対談も収録。アランの言葉「われわれは苦しむ以上に恐れるのである」も、紹介され、苦しんだり失敗したりすることよりも不安で恐れることのほうが心の中に占める割合がすごく大きいということも書かれています。後藤先生からは睡眠不足や目の酷使に気をつけるようにとのお話。重い物を持ち上げたり、息を止めるのも視神経の負担になるとのこと。30代の従兄弟が急性の発作で視野が狭くなったことがあり読みました。2025/10/28
ネギっ子gen
87
【緑内障は、自分でできることがほとんどない、完治する見込みがない病気。その不治の病に私はなってしまった……】子どもの頃から目が弱かった著者による、持病である緑内障とその周辺についての本。長年の友人である精神科医・春日武彦との対談「天国に格差はある?」のパートを熱心に読んだ。パーソナリティ障害について春日は、<下手に指摘すると人間性を否定されたように受け取ってしまわれかねませんし、/「治る」という概念が当て嵌まりません。「生きづらさ」といったテーマになってきますから、医療には馴染みにくい部分も多い>、と。⇒2025/11/11
kinkin
84
著者は緑内障という目の病気。実は私もそうである。 昔は「あおそこひ」と告知されるとほぼ失明宣告と同じだっ他ことを知った。この病気は視野がだんだん欠けてゆくもの。完全に治ることはなく、今は現状を保つ点眼治療。歌人の穂村弘さんが緑内障になって考えたこと主治医の先生や、精神医学の春日武彦氏との対談。 著者のエッセイで構成。主治医の先生は歌も詠む。 主治医の先生が読んだ歌 ・「ねずみさん食べたところを教えてね」幼稚園医のランドルト環」ランドルト環というのは知る奥を測るときのCの文字のこと。素敵な歌だなあ。 2026/02/07
どんぐり
82
視野が欠損していく緑内障は、最悪の場合失明に至る病だと私も告げられた当事者である。ただ幸い自覚症状もなく、定期受診と点眼を続ける現在、その恐怖は切実なものとして迫ってはいない。本書は、診断を受けた歌人・穂村弘が自身の経験を語り、そこに〈瞳〉をめぐる短歌と解説、さらに主治医および精神科医との対談を収載している。深刻さを前面に出す闘病記ではなく、語り口は終始脱力状態で、対談も雑駁で自由だ。その変則的な構成によって、病を「生きのびる」ための思考を連ねている。2026/03/21




