内容説明
自分にないものを思って憂うのではなく、
他のひとにはなくて、
私だけが持っているらしいもののことを考えよう――。
国境と言語を跨いで射し込む光に照らされた、日本と台湾、4つの物語。
――これからあたしたちは、飛行機に乗ってパパのところに行くのよ。
幼い頃、父と一緒に暮らすため、母と共に台湾から日本へ旅立った「私」。
四十年が経ち、祖母の葬儀に出席するため台湾に向かう「私」の心に蘇るのは、
かつて耳にした台湾語と懐かしい家の光景、亡き母の朗らかな歌声だった。(「二匹の虎」)
表題作「恋恋往時」や姉妹編「二匹の虎」をはじめ、
しなやかな生のありようを描いた4作を載録する作品集。
【著者略歴】
温又柔(おん・ゆうじゅう)
1980年、台北市生まれ。両親とも台湾人。幼少時に来日し、東京で成長する。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞しデビュー。2016年、『台湾生まれ 日本語育ち』で第64回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2020年、『魯肉飯のさえずり』で第37回織田作之助賞受賞。著書に『来福の家』『真ん中の子どもたち』『空港時光』『永遠年軽』『祝宴』、木村友祐との往復書簡『私とあなたのあいだ――いま、この国で生きるということ』、編著に『李良枝セレクション』など。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
94
題名の漢字の並びが可愛らしい。どの篇にも日本語を流暢に話す台湾出身の女性が登場する。日本語を話す祖父との対話が異国語に親しみを覚えさせた。帰郷時の親類らとの会話は台湾語、中国語、日本語が入り交じり、そんな時に彼女らのアイデンティティが揺れる。純粋に言語に惹かれた心は歴史的背景を知ることで翳りを持つ。しかし祖父たち家族や縁者と賑やかに言葉を交わした思い出に焦がれる気持ちは変わらない。二つの呼び名を持つ一つの名前。どちらも一人の自分。言語の不思議な魅力と言葉で表せられない往時への想いが伝わってくる物語だった。2025/07/18
えりまき
14
2025(172)日本と台湾の4つの短篇集。「二匹の虎」←温さんのエッセイのよう。国籍・言葉・血縁・家族。優しい配慮という差別。「被写体の幸福」「「君の代と国々の歌」「恋恋往時」 2025/07/18
かずりん
7
4つの短編から成り立っているが、それぞれサクサクと読めて楽しい。ただ家族のそれぞれが祖母、父母、子供らと何語で話されるのか、その奥には拭いがたい裂け目のようなものを感じる。中国語、台湾語、日本語と自由に飛び回っているので面白い反面、言語につまづき立ち止まり日本の台湾の植民地支配に押し潰される。全編多重奏のように響き、複数の差異からは新たな言葉が生まれそうな柔らかな余韻を残します。2025/07/15
洋
6
二匹の虎・被写体の幸福・君の代と国々の歌・恋恋往時の四編。二匹の虎の白髪の雑貨屋さんが恋恋往時の來春。2025/08/08
Inzaghico (Etsuko Oshita)
6
本作も、温さんの言葉の魔力、魅力がふんだんに発揮されている。日本語と中国語と台湾語が自由自在にページを駆けめぐり、飛び跳ね、混じり合い、独特の世界へと読者を誘う。収録されている4作品に通底しているのは、「わたしはわたし」だ。表題作の「恋恋往時」の主人公はわたしと同年代だろう。「女は大学に行かなくていい(女は短大まででいい)」、「女は子どもを産んで一人前」という価値観がはびこっていた時代だったことが窺えるからだ。こんな時代は、早く大昔になればいい、笑い話になるくらい大昔に、と思いながらページを繰っていた。2025/07/03