内容説明
治承・寿永の内乱をほぼ無傷で乗り越え中世社会を貫く文化体系へと発展した顕密仏教。それなくして中世について語ることはできない。顕密仏教を基軸に多様な角度から新たな鎌倉仏教像を描き出し、中世史像を再構築する意欲作。
目次
序 章
第一章 鎌倉新仏教史観はなぜ破綻したか
第二章 中世人は神仏をどの程度信じていたのか
第三章 中世延暦寺をどのように捉えるか
第四章 道元禅は輸入仏教なのか
第五章 歴史にみる差別と仏教
第六章 神々の中世
終 章 顕密体制論と私
参考文献
図版出典一覧
あとがき
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
白隠禅師ファン
17
平先生による書き下ろし。第二章は特に興味深く読んだ。『東山往来』という史料から「高度な合理性をもった呪術」を見出し、神仏は万能な存在ではなく人のパワーとの合わせ技が必要であったり、興味深い指摘がされていた。顕密体制論と神国思想も詳しく述べられていて勉強になったし、これを機に黒田俊雄の学説を学びたくなった。中世仏教との関わりから当時の社会の展望を描く名著だった。2025/07/30
kichy
5
奈良仏教や密教が衰退し鎌倉新仏教が登場したというイメージが覆される。顕密仏教は中世にも依然として大きな力を持っており、その延長線で出てきたのが鎌倉期の宗祖と言われる僧侶である。鎮護国家の理念を支えてきたのが顕密仏教であり、当時は想像以上に仏教の影響が強かった。思えば、土木、医療、気象になどあらゆる分野の技術や知識とともに呪術などを操る力を保持していたのが寺院であり、当時の貴族や民衆は顕密仏教の影響下にあった。簡単に顕密仏教が衰退するはずもないという指摘はすごく納得できた。目に鱗の読み物であった。 2025/08/22
狐
2
争い(治承・寿永内乱、承久の乱)を顕密仏教の中世化の契機と捉える点は、今までの自分に無い視点だった。 中世には神仏習合が進んでいて、反本地垂迹説は神仏同体論の否定ではなく、あくまで神道の優位性を表しているという指摘も勉強になった。誤解していたようだ。2025/08/20
Go Extreme
2
https://claude.ai/public/artifacts/466f6dd6-2b85-4120-9101-2cdf650f4aef 2025/06/09




