内容説明
私はあの人と付き合うとるとよ。
あの人を好いとると。
そう言い残して、一人の女が姿を消した。
失踪したのか、死亡したのか――。
圧倒的な「不在」がもたらす感情を炙り出す、
不穏でミステリアスな物語。
誰にでも自分だけの神様がいるのかもしれない。
だとすれば、その神様は私の味方であるはずだ。
東京から佐世保の和菓子店に嫁ぎ、娘を育てながら若女将として生きる、晶。誕生祝いの夜、夫から贈られたエルメスのバングルを手首に巻きながら、好きな人がいる、その人のところへ行くと告げ、いなくなった。残された夫・伸吾の怒りと嘆き、愛人・武藤の不審と自嘲、捨てられたと感じながら成長する娘・結生……。「不在」の12年間を、さまざまな視点から綴る長編小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
starbro
181
井上 荒野は、新作中心に読んでいる作家です。12年の不在が齎す家族のドラマ、良くあるような話の気もしますが、不穏でミステリアスな物語でした。 https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344044074/2025/03/30
のぶ
86
不穏な物語だった。和菓子店の若女将の晶が夫と幼い娘を捨てて、突然姿を消した。行方はわからないまま時は流れ、十二年が経過する。誰もが、晶の失踪による心の傷や不安を密かに抱えて生きている。それぞれの中だけにあるはずの感情は、何かをきっかけに噴き出て、周囲の人にも影響を及ぼす。登場人物ひとりひとりに厚みがあり、それぞれの葛藤から目が離せない。自分の人生を俯瞰することはできる人は、いないのだと思う。思いもよらないところで運命は動き、そのことに気づきもしないまま時は進んでいく。しずかなパレードが効果的だった。2025/03/26
Ikutan
76
「私は、あの人を好いとると。」佐世保の和菓子屋の女将が、夫と子どもを捨てて、不倫相手の別荘に向かう。引退パレードをしたカンフーマンに会った後で。冒頭から一気に引き込まれ、その後、女将が行方不明のまま過ぎていく12年の歳月に、ザワザワと心が波立つ。残された夫と娘、不倫相手とその妻、彼女の不在が、周辺の人たちに落とす大きな影。終始不穏な流れながら、柔らかな佐世保弁と無駄のない美しい文章が心地よく、まさに「静かなパレード」というタイトルがぴったり。そして、今回は、放り出されないラストが意外でした(笑)2025/03/26
萩
73
ズバリ、キーパーソンはカンフーマンでしょう。誰もかれもが静かに腹に一物持っているような人物のなかで唯一「怪しい」明白な特性。本作のこの胡乱な空気感の象徴として冒頭から登場することにより「なんかやばそうだ」という印象をバッチシ根付かせている。カンフーマン自体は脇役なのに効果的だなぁと感心した。和菓子屋の若女将の失踪事件。周囲の心にわだかまりを残したまま消えた人。しかし誰かがいなくなっても日常は消えない。諸行無常を受け入れる。真相を知ると少し悲しい。九州弁も井上作品にしては珍しく、作中のアクセントになった。2025/04/19
itica
72
娘も夫も捨て、突然失踪した晶。行方も生死も何ひとつ分からぬまま、月日だけが流れる。これはミステリのようでミステリではないと思う。晶の失踪が家族や周囲にもたらした影響、人間模様を綴っているのだと考える。皮肉にも、そこには居ない晶を強く感じる物語だった。晶はいったい何処に?その真相を知るには最後まで読むより他ならない。ホッとしたのとも違う、ある種の脱力感を覚えるはずだ。 2025/03/04