内容説明
明治37年、日本初となるデパートを創業し、斬新な広告や催事開催、人材育成などにより「三越ブランド」を確立。慶應義塾で福沢諭吉に学んだ“士魂商才”を実践し、近代日本の商業革新に挑んだ久留米武士・日比翁助の壮烈な生涯を辿る。
【主な目次】
序 デパート王とタイヤ王
第一章 デパートメントストア宣言
第二章 激動の維新期に育った日比翁助
第三章 北 義塾と慶應義塾の仲間たち
第四章 没落した三井呉服店越後屋
第五章 運命の転身と士魂商才
第六章 デパートは社会公衆の商店なり
第七章 今日は帝劇、明日は三越
第八章 デパートのビジネスモデルをつくった翁助
第九章 受け継がれていく翁助の創業理念
参考および引用資料
あとがき
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ふぇるけん
9
今や斜陽産業になりつつあるデパートであるが、その創成期には日比翁助という偉大な人物がいたことを初めて知った。武士の一家に生まれ育った翁助であるが、福沢諭吉のもとで『士魂商才』をベースとした経営を学び、ハロッズのオペレーションを学んで完全に死に体であった三井越後屋を三越として再創造した。彼の実施した各種施策などは現在にも学ぶところが多く、今の日本に必要なのはまさに『士魂商才』ではないかと思うに至った。2015/02/23
n yamamoto
1
士魂商才はすごいな、そんな意味だったんだ。 士族のイメージ、地位にあぐらかくのかと思ってた。 士農工商の一番上から下に、士族だから目先の利益でなく公の視点で商売ができるかぁ。 う〜ん。 でも取り入れるのは客と平等ゆえにぶっきらぼうなアメリカ式ではなくて、身分差別ゆえに店員が笑顔のイギリス式なんだ。2018/10/23
templecity
1
◎英国のハロッヅを見習っていた。また、客が第一という考えは昔から。三越本店にある阿弥陀如来は戦後復興を願って作られたもの2015/12/18
templecity
1
三越は三井の系列だが、江戸時代は越後屋として名を馳せていたが明治になって、従来の商売のやり方を続けていたため低迷してしまい、三井としてもお荷物的な存在となってしまった。また、当初久留米から上京して三井銀行で働いていたが、三越に行くことになり、士農工商の商人をすることに翁助も抵抗があったようだ。周りからも出世コースから外れたと見られていたようだ。しかし、改革が必要ということで、三井はあえて翁助を三越に据えることになる。当時としては最先端の商売をしていた。英国のハロッヅを見習っていた。また、客が第一という考え2016/01/08
takao
1
日本初のデパートを創業2017/11/16




