内容説明
東北地方沿岸部のとある高校。そこで起こるささやかな謎の中心には、いつだって彼がいた。校舎が荒らされた前夜に目撃された青い火の玉。プールサイドで昼食を取っていたとき、話しかけてきた同級生を水中に突き飛ばしてしまった女子生徒の真意。テーマ不明の、花瓶に生けられた花の絵。そして、高校卒業後大学に入学するまでの何者でもなかった二〇一一年の“あの日”以来、私たちの前から姿を消してしまった彼自身──。これは大切なものほどなくしてしまう悪癖に悩まされ、それでも飄々と振る舞う青年が歩んだ、高校生活三年間の軌跡を辿りなおす物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
パトラッシュ
215
クセ強すぎてイライラさせるが妙に憎めないヤツ。どの学校でも1人はいるユニークな生徒に絡んだ学友たちが、日常に生じた奇妙な謎を解かれて思わず心を衝かれてしまう。穏やかでささいな謎が3編続き「これはミステリ本なのか」と思っていたら、4編目で唐竹割りで驚かされて第5話で予想外の真相が明らかにされる。東日本大震災から14年過ぎたが、未だ2千5百人以上が行方不明という事実を改めて突きつける。みんな彼を忘れないし、会ったことのない人まで彼を知りたくなってしまう。天災は一切を破壊するが、人の想いと記憶は壊されないのだ。2025/03/13
hiace9000
161
これまで数多く書かれた「3.11小説」。喪失や死に別角度から迫り、瑞々しい色彩感と共にもどかしいまでの切なさで青い「生」を捉え胸を衝く今作。菅原晋也というちょっとクセのある、だがおそらく何処にでもいたであろう一高校生の吹けば飛ぶような等身大の日常、それを周りの仲間たちの目線で写し取った3年間。”大事なものを大事にできない悪癖”を絶妙の伏線としつつ、彼にあったであろう未来に思いを馳せ、日々織り込まれた日常を忘れないという悼み方。一人の青年の生きた証は、震災が奪った多くの命への「祈り」と幾重にも重なっていく。2025/04/06
いつでも母さん
157
彼はもうこの世にいないのに、彼について詳しくなっていく。 そう、これは弔い。悼みであり、祈りだ。あの日を境にいなくなった彼と沢山の人達に・・残った者は喪った何かを埋めるために(埋まる訳無いのに)あの日よりもっと深く広く傍に居るように生きていくのだなぁ。特別なことはなくたって昨日の次は今日。そして次は明日・・当たり前の日々は決して当たり前なんかじゃないのだ。2025/03/17
モルク
133
美術部員の高校生菅原晋也を巡る物語。とても大切なものであるはずの物をすぐに忘れてしまう晋也。全く悪気もなく彼自身大切なものであることは重々承知しているのに…そんな悪癖のある彼の高校3年間。部活の先輩、同級生、教師、後輩などの立場で語られる彼はつかみ所がない。第一志望の大学に合格し卒業式も迎えた直後の3月11日、そうあの日彼は姿を消した。5年以上時は過ぎ祖父の痕跡を探しに来た青年と行動した同級生と後輩は…。前半の飄々とした感じとは変わり重い空気が流れる。真実はわかったが、どう気持ちを収めたらいいのだろう。2025/05/23
ウッディ
114
東北地方の海辺の高校に通う菅原晋也。美術部に籍を置き、優れた洞察力を持つ彼には、誰かの想いのこもった贈り物を置き忘れるという悪癖があった。学校で起こった小さな事件を誰も傷つかないような形で彼が解決するのを彼の周囲の人間の目線で描いたミステリーでもあり、爽やかで、淡い恋の香りを纏った青春小説であるが、みんなから一目を置かれ、愛された彼は、美大への進学が決まった春、姿を消してしまう。軽やかな前半と対照的な重い後半のコントラストが印象的でした。不条理に奪われた命の数と突然断ち切られた人生に想いを馳せた。2025/05/21