内容説明
人間中心主義に抗う谷崎、乱歩、足穂、三島、澁澤らの作品を手掛かりに、「反近代」という視点で近代文学の再読に迫る。
既製文学史にアンチテーゼを掲げる文芸評論。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
swshght
5
「内面から遠く離れて」。この想像力が「反=近代文学」の条件だ。近代文学とは「内面」の発見だった。つまり「外面」に対する「内面」の優位と特権化。それは坪内逍遥に端を発し、夏目漱石の『こころ』で頂点に達する。中条はこの「内面」を近代文学の「逃げ道」ないし「袋小路」と捉える。そして次のように問う。「内面の特権化が近代文学をやせ細らせたのではないか」。彼は既存の近代文学史を「アナクロニズム」と「作家主義」の立場から読み直し、「反=近代文学」の系譜とその可能性を提示する。前田愛や養老孟司の文学論も合わせて読みたい。2014/08/11
うえ
3
「泉鏡花は、夢とおなじく、お化けを信じていた。超自然の内面化という近代の趨勢とは無縁だった。というより、鏡花は近代的な内面をすっぽりと欠いていたから、実在する超自然をありもしない内面に還元することなど初めから不可能な相談だったのだ。かくして、近代日本最大のお化け小説、怪作『草迷宮』が生みだされる。粉本は、平田篤胤の『稲生物怪録』で、のちに巖谷小波の『平太郎化物日記』、足穂の『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』、水木しげるの『木槌の誘い』といった興味深い一連のヴァリエーションを生むことになる怪異の記録である」2015/08/25
amamori
2
人間のこころ(内面)のドラマの探求を主流とする近代文学史には興味がもてない、という著者。例外的に「こころ」の漱石だけは対照のために徹底的に分析して書いているが あとは アンチ内面派と著者が偏愛する作家論。鏡花、谷崎、乱歩、足穂、夢野久作、三島、澁澤、山田風太郎、村上龍、筒井康隆。2010/10/26
tekesuta
1
漱石の「こころ」についての解釈を読むと「内面」の文学とはかくも貧しきものかなどと思う。貧しいことが別に悪いわけじゃないが、この本で取り上げられた作家たちのさまざまな「反近代」の魅力はとてつもなく大きくみえる。 2012/10/13