内容説明
ある日突然言葉を話せなくなった女。
すこしずつ視力を失っていく男。
女は失われた言葉を取り戻すため
古典ギリシャ語を習い始める。
ギリシャ語講師の男は
彼女の ”沈黙” に関心をよせていく。
ふたりの出会いと対話を通じて、
人間が失った本質とは何かを問いかける。
★『菜食主義者』でアジア人作家として初めて英国のブッカー国際賞を受賞したハン・ガンの長編小説
★「この本は、生きていくということに対する、私の最も明るい答え」――ハン・ガン
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
320
ハン・ガンは5冊目。これが今までで最も難解。イメージの集積から成っているのだが、それらのイメージが像を結ぶまでに時間がかかる。しかも、その像はかならずしも明瞭、明晰なものではなく、時として茫洋としたものであったりする。通常の物語(小説)にあっては、早い時点で、登場人物たちのおおよそがわかるものだが、本作はその点でも一筋縄ではいかない。音を失った女と光を失いつつある男の物語だといえばそうなのだが、彼らにはそれぞれこの背後に背負う物語が重層する。さらには、タイトルともなっているギリシャ語の明るい明晰さと⇒2025/05/13
旅するランナー
185
「ときどき、不思議に感じませんか。私たちの体にまぶたと唇があるということを。それが、ときには外から封じられたり、中から固く閉ざされたりもするということを」視力を失いつつある男と言葉を失っている女の邂逅。はかなく美しい世界が詩的に描かれ、静謐な雰囲気の中で鋭く青光りする刃を感じ取ることができる。SNSなどに氾濫する映像と言葉の騒音に疲れた心にしみじみ浸透してくる。2024/12/17
榊原 香織
128
気に入った!この繊細な言語感覚。 言葉が出せなくなった詩人女性と目が見えなくなりつつあるギリシャ語講師の男性と。 ギリシャ語の中動態、プラトン、ボルヘス、ドイツ、いーなー 2025/03/25
buchipanda3
92
古典ギリシャ語、はるか昔に消滅した言語が一人の女と一人の男を結び付ける。二人は共に世界との間に容易ならぬ剣を抱えていた。言葉の重さに沈黙した女、遺伝により盲目になる男。目の前の世界に触れたくても触れられない痛み。それは他者に分かるものではなく、分かって貰えるものでもない。でも剣を挟んだ繋がりは、何も知らずとも傷を触れ合う。「傷つき易いところで一杯の人間の体は悲しい。けれどその体は誰かを抱きしめるために生まれついている」。言語が、言葉が、やさしいピリオド、スプという静かな単語が包み込む。それは覚悟へと誘う。2024/07/25
chimako
86
二人が触れ合うまでの長い長い難解な時間を経て、やっとたどり着く微かな未来への希望。それはやがて視力を失う男のものでも、言葉を発することが出来ない女のものでもなく、二人に寄り添った読み手のものとして心に刻まれる。男はギリシャ語の講師であり、女は受講生である。男は昔愛した女性を失い、女は子どもと離れ離れになる。失くすものは一つではなく、そこに身体的などうしようもない欠落が被さってくる。が、この物語の中の誰も彼らを非難しない。自分自身で納得し、受け入れていく。出合いは二人の光となり得るのか。女の言葉を待つ。2019/05/12