内容説明
純粋無垢な七十七人の少年たちと七人の大人たちは、空をゆく船に乗り、はるか彼方にあるらしい楽園を目指して旅をしていた。ある時、ひとりの少年が船から墜落する。不幸な事故と思われたが、親友の矢車菊には気がかりなことがあった(「無垢なる花たちのためのユートピア」)。人間が人形へと変化する病が流行した村で、ひとり人間の姿で救出された少女は、司祭のもとで看病される。しかし怪我が癒えた少女はだんだんと人形に近づいていくようだった(「人形街」)。歌人、小説家、評論家として活躍する幻想文学の新旗手・川野芽生の初作品集。/【目次】無垢なる花たちのためのユートピア/白昼夢通信/人形街/最果ての実り/いつか明ける夜を/卒業の終わり/解説=石井千湖
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
柊渚
22
「生きていた、私たちは。生きていたよ。」 外の世界と隔絶された女学園の壁の内側から、楽園を目指し幾重もの雲を藉いて走る箱船の上から、少年少女たちの声なき叫びが硝子の破片のように、深く胸に刺さる。静かに心揺さぶる物語たち。透明感あふれる美しい言葉で紡がれる幻想的な世界へ誘われていると、ふとした瞬間に残酷な一面を覗き見てしまう。その闇にふれたとき、 どうしようもなく心が苦しくなるけれど、微かな希望の欠片を見つけ、祈りにも似たやさしい気持ちになれる。そんな大切な一冊となりました。2024/10/26
遙
15
全6話のファンタジー、箱庭チックな物語が綴られた短編集。 その中でも主題の[無垢なる花たちのためのユートピア] 最終話[卒業の終わり]は、短編の粋を超えた読み応えでした。 各話物悲しさを感じるものが殆どですが その文面は天空に書かれそよ風が花弁を舞わせながら構成される文字ならざる繊細な・・・一冊の、花。 [白昼夢通信]のファンタジックさ、[最果ての実り]の世界観が好きでした。 でも特に、[卒業の終わり]のシナリオ力には打ち砕かれた思いです。 それだけでも是非読んで頂きたい。 強烈な印象を残す短編集でした2024/10/28
huraki
11
楽園へ向かう純潔な少年たちが乗せられた船から親友が墜落。事故として処理されたが不審に思った主人公が真相を追う表題作を含む短編集。ひどく繊細で儚さを感じさせる文体で綴られた言葉と文章が、現実を超えた耽美で幻想的な世界へいざなう。難しい作品もあったが、決して綺麗とは言えない世界に抗い、美しい余韻が残る「卒業の終わり」が特に印象的だった。2024/11/16
沙智
9
鋭利に研ぎ澄まされた水晶体のような言葉たちによって形作られた幻想世界。ひとつひとつの言葉が淡く美しく、噛み締めるように読んだ。表題作と「人形街」と「卒業の終わり」が特に好き。「卒業の終わり」は楽園のように見えた箱庭が実は…という構造が表題作と重なっていて、幻想の中に苦い現実が混ざり込む短編だった。「いつか明ける夜を」は夜の闇の濃淡や重量感がひしひしと伝わってくる筆致に酔いしれてしまった。覚めない夢のような幻想小説集。2024/10/15
rinakko
7
再読。表題作と「卒業の終わり」の呼応する響きが忘れがたい。個としての命もその魂の花も、誰にも奪われてはならないし奪わせてはならない…と、怒りとともに祈りのようにも思う。大好きな「白昼夢通信」では、往復書簡の書き手である瑠璃とのばらのいる場所(雨で腐りはじめる街、薄墨色の花の街…)は少し不思議だけれど、澪からくるみさん宛の書簡が挟まれていることでこちら側と何処かで繋がる気がした。「いつか明ける夜を」の、闇を駆ける子馬と少女。色も日の光もない世界を示す為に視覚的表現を抑えた文章の、澄まされて張り詰めた美しさ。2024/10/24