ちくま文庫<br> ニッポンの思想 増補新版

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ちくま文庫
ニッポンの思想 増補新版

  • 著者名:佐々木敦【著者】
  • 価格 ¥935(本体¥850)
  • 筑摩書房(2024/05発売)
  • ポイント 8pt (実際に付与されるポイントはご注文内容確認画面でご確認下さい)
  • ISBN:9784480439147

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内容説明

80年代の浅田彰・中沢新一・柄谷行人・蓮實重彦がもたらした知の衝撃、90年代における福田和也・大塚英志・宮台真司の存在感、ゼロ年代を牽引した東浩紀、テン年代と切り結ぶ國分功一郎と千葉雅也―。およそ半世紀にわたるこの国の思想と批評の奔流を一望したベストセラーに、二つの新章を加え更新して文庫化。

目次

プロローグ 「ゼロ年代の思想」の風景/はじめに/「ゼロアカ」の風景/本書のキーワードその1「パフォーマンス」/本書のキーワードその2「シーソー」/本書のキーワードその3「プレイヤー」/本書のキーワードその4「思想市場」/第一章 すべては『構造と力』から始まった/朝日新聞の誤植/「ニューアカ」現象は、なぜ起こったのか?/「政治の時代」のあとで/「現代思想」とは何か/ニュー「アカデミズム」?/イメージとしての「アカデミズム」/専門知という信用保証/脱領土化/第二章 浅田彰と中沢新一──「差異化」の果て/浅田彰──「逃走」する「知」のカリスマ/『構造と力』/「処世術」への変換/三段階説/脱コード化の困難/不幸な遊戯/「外へ出よ」/『逃走論』/中沢新一──『チベットのモーツァルト』/クリステヴァへの異議/超越者なき神秘主義/「スタート以前」か「ゴールの先」か/『雪片曲線論』/二人の対立軸/「二元論」を乗り越える/「消費社会を肯定する論理」という誤解/子供の資本主義/「ニューアカ」の悲喜劇/「わかりたいあなた」のためのチャート、マップ、カタログ/「難解─明解」の往復運動/第三章 蓮實重彦と柄谷行人──「テクスト」と「作品」/蓮實重彦──「表層」と「怪物」/「宙吊り」の戦略/「凡庸さ」という主題/「作品」と「怪物」/柄谷行人──「作品」としての『資本論』/「テクスト論」の多様性/「内面」というフィクション/脱構築、不完全性定理/『探究』『トランスクリティーク』へ/第四章 「ポストモダン」という「問題」/ニューアカ・カルテット/文芸批評か、チャートか/リオタールと「ニッポンのポストモダン」のはじまり/ニッポン賛美のツールとしてのポストモダン/蓮實のポストモダン批判/柄谷による日本の言説空間批判/日本というブラックホール/「ニューアカ」の暴走/第五章 「九〇年代」の三人──福田和也、大塚英志、宮台真司/「土人の国」と「昭和」の終わり/「文学」の問題/何かが始まる予感/ポストモダンの左旋回?/浅田の存在感/「ホンネ」と「リアル」の時代/福田和也──多作の理由/ニューアカ批判/蓮實との対立/柄谷と蓮實の相似/偶然的な力/「日本」とは「空無」である/「虚妄としての日本」/保田評価のポストモダン性/大塚英志──「八〇年代」の「護持」/ブレない思想/「おたく」の「公共性」/『物語消費論』の今日性/宮台真司──「システム」と「超越」/先読みの困難/男子校での原体験/福田・大塚・宮台の「天皇論」/「かわいい」天皇/あえて天皇主義者/第六章 ニッポンという「悪い場所」/オウムをめぐる「ニッポンの思想」たち/偽史や終末思想に逃げないために/『終わりなき日常を生きろ』/オウムと中沢/論じるに値しない「現実」/「悪い場所」論/日本に生まれた「宿命」/ニッポン回帰/村上隆の「J戦略」/小林よしのりと「J回帰」/「市場」を意識する思想/第七章 東浩紀の登場/NAMの「失敗」/小泉政権下の「J回帰」/カルスタ、ポスコロ/「ソーカル事件」の教訓/東浩紀の登場/デリダの変化/デリダ=東の「幽霊」/テクスト論との違い/「郵便」と誤配可能性/『探究』を乗り越える試み/レヴェナント=回帰する霊/ニューアカから決別/「新しい文体」への挑戦/「批評空間シンポ」という事件/第八章 「動物化」する「ゼロ年代」/『動物化するポストモダン』/「虚構の時代」のあとで/データベース消費/ドメスティック化する「オタク」/『ゲーム的リアリズムの誕生』/「情報自由論」/監視社会への視線/文芸誌、論壇への再登場/なぜ東浩紀は「ひとり勝ち」しているのか?/「ゲームボード」の再設定/思想が競技になった/「メタ」「ネタ」「ベタ」/「ニッポンの思想」のゆくえ/第九章 ストーリーを続けよう?(On with the Story?)/1 「東浩紀ひとり勝ち」とは何だったのか?/2 左翼と賢者と/3 「ニッポンの文化左翼」を超えて?/第十章 二〇二〇年代の「ニッポンの思想」/震災、改元、コロナ禍を超えて/テン年代に現れた二人──國分功一郎と千葉雅也/『暇と退屈の倫理学』の理路と文体/思考様式の改変をうながす──『中動態の世界』/『ドゥルーズの哲学原理』──テクストの細部にこだわり、包括的に読む/『動きすぎてはいけない』──中庸さの戦略/「思弁的実在論」の導入/『力と交換様式』──柄谷行人の総決算/『観光客の哲学』──インターネット後の「公共性」を問う/訂正可能性に開かれた社会はいかに可能か?/文庫版あとがき/参考文献/人名索引

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

Sam

56
最近「構造と力」が文庫化されたし、日本の思想史を見直す機運が高まっているのだろうか。本書はいわゆるニューアカ時代から現代に至る思想の流れを辿った一冊で、大学1年のときに柄谷行人の「日本近代文化の起源」や「マルクスその可能性の中心」を読んで衝撃を受けたことを思い出しつつ読んだ。内容的に十分な理解には及ばないもののとても分かりやすく整理されていて、ニューアカのあと日本の思想界を背負って活躍している東浩紀、新たに頭角を表してきた國分功一郎や千葉雅也といった思想家の著作もきちんと読んでみたいという気にさせられた。2024/01/06

hasegawa noboru

22
二〇〇九年刊行の講談社現代新書版に二〇一六年時点の論考を追加し(第九章)、第十章 二〇二〇年代の「ニッポンの思想」の書き下ろしを加えて、増補新版として昨年一二月に文庫化されて出た本。浅田彰の『構造と力』から始まった八〇年代「ニューアカ」ブーム以降のニッポンの思想界の風景を眺望絶佳に(難解でほとんど歯が立たなかった身にも分かった気にさせてくれるという意味で)鮮やかに顧みさせてくれる。震災、改元、コロナ禍を超えて今二〇二三年の<この国の「現代思想」の風景は、ずいぶんと様変わりしているように見える>と筆者は言う2024/01/24

しゅん

22
初版を含めて、気づいたら5回くらい読んでいる?『構造と力』を読み直したら思ったより閉塞感を覚えたけど、本書ですでに指摘されていた。浅田、柄谷、蓮實、福田、東、國分、千葉と、それぞれの「ポストモダン」感の比較論としても読める。他の方も指摘している通り、ゼロ前代の一時期に國分功一郎と千葉雅也が日本にいなかったことが10年代の彼らの存在感に繋がったという指摘には納得する。個人的実感としても、二人の本を読んだときに新鮮さを覚えたのを記憶している。2023/12/19

ほし

17
浅田彰をはじめとする80年代のニューアカからはじまり、福田、大塚、宮台らによる90年代、そして東浩紀によるゼロ年代、國分、千葉が現れるテン年代…と「ニッポンの思想」を総ざらいする一冊。現状に対して批判的でイデアル(理念的)な80年代から、現状に対して関与的といえる、リアル(現実的)な90年代へ。そして現状に対して受容的なゼロ年代と、グローバルな視座へと移ったテン年代。このような大きな見立てとともに個々の思想が紹介され、非常に読みやすい内容でした。2024/02/10

うつしみ

15
個々がスマホを持ち情報収集/発信する時代。一見ニューアカで提唱されたリゾームが完成した様だが、却って息苦しくも感じるのは相互監視のパノプティコンシステムでもあるからではないか。これがこの40年間色んな論客が議論を交してきたポストモダンの最終形態なんだろうか?浅田彰が逃走と訳したfuiteには水漏れの意味もあるという。社会システムは完璧を目指すべきでなく、多少の漏れが残してある方が人は人らしくいられる。家畜の様に管理する方向でなく人の固有性を大事にする社会構築の為、思想市場は今後も活況が続いてほしいと思う。2024/05/12

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