内容説明
「ユーカラを書き記すことは、私が生まれてきた使命なのだ」
絶滅の危機に瀕した口承文芸を詩情あふれる日本語に訳し、今も読み継がれる名著『アイヌ神謡集』。著者は19歳の女性だった。
民族の誇り。差別との戦い。ユーカラに賭ける情熱。短くも鮮烈な知里幸恵の生を描く、著者の新たな代表作!
「いつまでも寝込んでいるわけにもいきません。私には時間がないんです」
分厚く腫れた喉から流れ出した自分の言葉に、幸恵ははっとした。
私には時間がない。
そうなのか?
思わず胸に掌を当てた。満身創痍の身体の中心で、心臓は未来へ駆け出す足音のように勢いよくリズムを刻んでいた。
(本文より)
目次
プロローグ
第一章 東京
第二章 静江
第三章 コタンピラ
第四章 村井
第五章 百合子
第六章 貴女の友
第七章 おとめ
第八章 靄
第九章 銀の滴
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
えみ
59
これは誰も気付くことができなかった好奇心という罪の物語。被害者も加害者もそれとは知らずに自らの使命という幻想の深みにはまっていく。まるで拷問だ。時に夢や願いは、人をその場所から動けなくする。命を賭してその生がこの世に残したものとは何だったのだろう。アイヌの研究で名高い、金田一京助と『アイヌ神謡集』の著者で知られるアイヌ民族・知里幸恵。「アイヌ」への想いの発露と人間の卑しさが描かれている。研究の為。悪意を欠いた無邪気な熱意が、人を殺す。広く深い探求心が、その人の知識を吸収しようと命まるごと搾り取る。罪深い。2024/03/05
rosetta
41
★★★☆☆『アイヌ神謡集』を編んだ知里幸恵の物語。身一つで北海道から東京に出てきて金田一京助の家に下宿しながらアイヌ語研究に協力する。無邪気な無神経さを発揮する京助、心を病んだ金田一の妻や可愛らしい春彦😆 良家に育ち傲慢でマイウェイな宮本百合子との交わり。アイヌであること、女であること。歴史に名を残すのも大きな人生の意義であるが子を育てることもとても大切な仕事だと思う。重い心臓の病を抱えわずか19歳で亡くなった幸恵の写真を見ると幼いと言えるくらいの若い女の子の姿で、やるせない気持ちになる2024/04/09
りー
23
パタン、と本を閉じて「あぁ…。」と、自分の不明を恥じた。学生の頃、アイヌ神謡集で知った知里幸恵さんは、自分の中で、薄幸な才能溢れる少女だった。金田一京助に「幸運にして」見出だされ、世に名前を「遺せた」人だと。でも、そんなものではなかったはずだった。あの時代のアイヌの状況を思い描けば、ただの幸運では無理だということを私は一度も考えたことがなかったと思う。彼女自身の中に、燃え盛る炎のようなものが無ければ。それがこの本では「怒り」であったことに深く納得した。アイヌであり女であることは、どういう状況であったのか。2024/08/18
信兵衛
23
本作を読んで、知里幸恵という女性の存在が決して忘れられないものになった気がします。 いつか機会が得られれば、<知里幸恵 銀のしずく記念館>に行ってみたいものだと思います。2024/02/28
えりまき
17
2024(169)フィクション。大正時代のアイヌ・女性差別問題。名著『アイヌ神謡集』の著者で19歳で亡くなった知里幸恵さんの生涯。読みやすくて勉強になりました。「国の同化政策によって元いた土地から追いやられ、過酷な場所で暮らすことを強いられたアイヌは、生活の糧を奪われただけではなくその歴史を、文化を、そして民族としての誇りをも奪われた。」 2024/06/20