内容説明
綾部蓮という青年は、私たちにとって遠い国の王様のような存在だった。神の贈り物と呼ぶべき肉体と才能に恵まれ、美貌をもって周囲の人々を侍臣のごとく傅かせ、それでいて何時も退屈を持て余していた。だから彼が自殺した時、その理由を知る者もいなかった――。ひとりの才能ある若者に羨望を抱いた者や憎悪した者、誰もが彼の年齢を追い越し忘れ去っていくなか、私たちは思い出す。なぜ青年は自ら命を絶ったのか? 人生の一時期に齎される謎と恩寵を忘れ難い余韻とともに鮮やかに描き切る連作ミステリ。/解説=大矢博子
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ひろし
110
よく見ているテレ朝刑事物ドラマの脚本家が書いた小説ということで期待して、ドラマのような軽快でテンポのよい展開を無意識にイメージしていたのだが、非配偶者間人工授精という重いテーマを扱っており、各話で信仰についても取り上げられている重厚な作品だったが面白かった。大学の水泳部のエースであり憧れの存在であった青年の自殺をきっかけに、彼と関わった人を中心とした話が幾つか展開し、青年の内面を紐解いていき自殺の原因を推理していく。練習や祈りの反復という行為を通じて精神が現れるということも伝えたいのだろうと感じた。2024/04/23
toshi
65
2019年の連作短編ミステリー。天才スイマーである綾部漣は自ら命を絶ってしまいます。この小説は漣を核として、それぞれの語り手が、人生のままならさや生き辛さと如何に折り合いをつけて行くかが描かれています。宗教が重要なモチーフとなっており、内容は多面的でもあります。果たして漣の死の真相とは?私は辻村深月氏の作風を連想しました。2025/01/12
シキモリ
27
容姿端麗で俺様気質の天才スイマー・綾部蓮の自殺を巡る四つの物語。敢えて小難しい言い回しを多用する詩的で流麗な文体に序盤は馴染めなかったが、情景的で色味のある描写や宗教観を絡めた筋運びは耽美で感傷的な独自の世界観を醸成し、第二章以降はすんなり物語に没入出来た。然しながら、肝腎要な綾部の存在感が希薄な為、彼の死の真相は物語の推進力として脆弱であり、時折垣間見せる厭世観の正体も早い段階で予想し得る。それ故、余韻は然程深くなかった。著者は某長寿刑事ドラマの脚本家であり、アニメ化やコミカライズをイメージし易い作品。2024/02/05
ゆみのすけ
27
水泳の才能に恵まれ、美しい顔立ちで人目を惹き、周囲を魅了する綾部蓮。だが、持って生まれた自分の才能に興味を示さず、女性との関係を享楽的に楽しみ、その時その時を刹那的に生きていた。大学時代、周囲からは王様のような存在として崇められていた彼が、卒業後自殺していた。死の真相は一体。彼と関係があった四人の視点で、各章語られる。彼がどんな人物で、どんな秘密があり、なぜ死ぬ必要があったのか。文章の美しさに魅了され、宗教的な観念、命について深く考えさせる良書。著者は相棒、科捜研の女などの脚本を手掛けているそう。2024/02/04
みなみ
24
登場人物たちは、水泳だったり祈り・修行だったり、一つのことに真摯に取り組んでいる。プールを何度も往復しつつ、泳ぎの型を高めていく過程は、確かに修行のようだ。そんな中で、刹那的に暮らしている綾部漣が異質で浮いているように感じつつ読み進めた。連作短編集ということで登場人物が繋がっており、ある人の行動が周りの行動に影響していることを感じられる。2024/12/16