ちくま学芸文庫<br> 日常的実践のポイエティーク

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ちくま学芸文庫
日常的実践のポイエティーク

  • ISBN:9784480510365

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内容説明

読むこと、歩行、言い回し、職場での隠れ作業……。それらは押しつけられた秩序を相手取って狡智をめぐらし、従いながらも「なんとかやっていく」無名の者の技芸である。好機を捉え、ブリコラージュする、弱者の戦術なのだ――。科学的・合理的な近代の知の領域から追放され、見落とされた日常的実践とはどんなものか。フーコー、ブルデューをはじめ人文社会諸科学を横断しつつ、狂人、潜在意識、迷信といった「他なるもの」として一瞬姿を現すその痕跡を、科学的に解釈するのとは別のやり方で示そうとする。近代以降の知のあり方を見直す、それ自体実践的なテクスト。

目次

はじめに○概説○一 消費者の生産○使用あるいは消費 日常的創造性の手続き 実践の型式 マジョリティの周縁性○二 実践者の戦術○軌跡、戦術、レトリック 読むこと、話すこと、住むこと、料理すること…… 予測と政治にむけて○I ごく普通の文化○献辞○第1章 ある共通の場/日常言語○「だれも」と「だれでもない」 フロイトと凡人 エキスパートと哲学者 日常言語のウィトゲンシュタイン・モデル 現代の歴史性○第2章 民衆文化○ブラジル人の「技」 ことわざの発話行為 ロジック/ゲーム、民話、ものの言いかた 横領戦/隠れ作業○第3章 なんとかやっていくこと/使用法と戦術○使用あるいは消費 戦略と戦術 実践のレトリック、千年の狡智○II 技芸の理論○日常的な実践○第4章 フーコーとブルデュー○一 散在するテクノロジー/フーコー○二 「知恵ある無知」/ブルデュー○二つの半身 「戦略」 「理論」○第5章 理論の技○きりとることとひっくりかえすこと/理論の秘訣 「技芸」の民族学化 知られざるものの物語 思考の技/カント○第6章 物語の時間○語りの技 打つ手を物語ること/ドゥティエンヌ 記憶の技と機会 物語○III 空間の実践○第7章 都市を歩く○見る者、歩く者○一 都市の概念から都市の実践へ○操作概念? 実践の回帰○二 消えた足どりの話し声○歩行者の発話行為 歩行のレトリック○三 神話的なもの/ひとを「歩ませる」もの○名と象徴 信じられるものと記憶されるもの/住めるということ 幼児期と場のメタファー○第8章 鉄路の航海あるいは監禁の場○第9章 空間の物語○「空間」と「場所」 順路と地図 境界画定 違反行為?○IV 言語の使用○第10章 書のエコノミー○書くこと/「近代」の神話的実践 身体に刻印される掟 ひとつの身体からもうひとつの身体へ 受肉の装置 表象の仕掛け 「独身機械」○第11章 声の引用○発話行為の放逐 寓話の科学 身体の音○第12章 読むこと/ある密猟○書物による「教化」というイデオロギー 知られざる活動/読むこと 社会的エリートの産物、「原」義 ある「遍在」、この「ところかまわぬ不在」 戯れと策略の空間○V 信じかた○第13章 信じること/信じさせること○信の価値低下 ある考古学/信仰の移りゆき 「教」権から左翼勢力へ 現実という制度 引用社会○第14章 名づけえぬもの○思考しえぬ実践 語ることと信じること 書くこと 治療の権力とその分身 滅びゆくもの○決定不能なもの○重層的な場 波乱の時○原注○解説(今村仁司)○訳者あとがき○文庫版解説 日常的実践という大海の浜辺を歩く者(渡辺優)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

藤月はな(灯れ松明の火)

69
仕事の優先順位を理解していてもつい、こっそりと喫緊ではない仕事から手を出してしまう事がある。(直属の上司に見つかったら「効率が悪い!」と怒られるからだ)何故、無駄な事からしてしまうのか、悩んでいた時にこの本の背表紙が目に留まった。その結果、「もしかしたら私は『効率化』を進めた先にある仕事の更なる詰め込みを回避する為に無意識で行っていたのか!?」と思うようになりました(笑)縦横無尽に展開される隠れた権力への抵抗手段とその思想は身近でありながらも広域だ。理解しきれたとは言い難いのでまた、再読したい。2021/08/28

Bartleby

14
生権力をかいくぐり、日常生活をどうにか生き延びる戦術について。システムの裏をかき、ありものをアレンジして活用する、都市のブリコラージュ。読みながら、坂口恭平による実践をいろいろと思い出していた。『現実脱出論』など。いやがおうにもこれからますます必要とされる技術になるだろう。本書にある視点は持っておきたい。セルトーの軸として、キリスト教神秘主義の研究があるのが興味深い。2023/05/25

singoito2

5
原題は、L'invention du quotidien。日常性の「発見」と読むか「でっち上げ」と読むか。セルトーは近代が捕囚し、隠蔽して、語り得ぬ存在にしてしまった日常性(人びと、大衆、Das man、Volk、民族、民草・・・)を性と死の極限まで追い求めようとする。ヤスパースもリクールも読み終えてないのに、さらに読むべき人が増えてしまったのでした、トホホ。2022/03/23

rune

3
セルトーが本書で試みているのは、規律・管理する権力のもとで営まれる「日常的なもののやりかた」をすくい上げることである。/フーコーは近代の権力のあり方を規律訓練型権力として示し、ドゥルーズはこれを発展させて環境管理型権力の台頭を言った。いずれにせよ、そのなかで個人は、権力を内面化し主体化=服従化する存在として描き出されていた。/こうした権力論を十分にうけとめつつ、セルトーは、規律のメカニズムのただなかに生きるふつうの人々はいかなる実践を紡いでいるのか、と問う。ある文化を普及=流通させる側・・・2022/09/23

ぷほは

2
懐かしい気分になる。終わりゆく日常の中で死んでいく僕らにとって、この本は未だ言語論的転回の延長で都市を眺めている(NY貿易センタービルからの眺め!)。ディスクール、エクリチュール。パロール、イストワール。記号論、語用論。テクスト、レトリック。今から見れば、なぜ人々の実践を論じるために、わざわざこれら言語を迂回し話さなければならないのか、これを学生に説明することを想像するだけで気が遠くなる。文庫版解説での発見は、どこかセルトーは折口信夫に似たところがあるということだ。遥かに広がる、海からの訪れ(音-連れ)。2021/12/18

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