内容説明
シベリア鉄道での亡命旅行「トランク」、満洲で芸者をしていた女性の一人語り「幕切れ」。旅を愛した林芙美子は、自身の訪れた国々を積極的に小説に描いた。庶民目線を貫いたその筆は、戦前の日本人が海の向こうの〈大陸〉に抱いた希望と憧れ、そして敗戦で負った傷跡を克明に写し取っている。絶筆となった「漣波」ほか欧州、ロシア、満洲を描いた小説七篇と、川端康成が単行本『漣波』に寄せた「あとがき」を収録。〈解説〉今川英子
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
横浜中華街2024
12
林芙美子は日中戦争の勃発後には戦争遂行のため結成された内閣情報部「ペン部隊」に選出された。彼女のそういった思想的側面はやはり賛同できないとは言え、彼女の文学的才能は特筆すべきもので、この(中国)大陸を舞台にした短編集もどれも素晴らしい出来栄えと言える。主人公は男と女織り交ぜられているが、女性独特の心理の描き方は巧みでどれも読み応えがある。当時の大陸とそこに住む日本人の様子が微細に記されており、どれも興味が尽きない。彼女のような才能ある小説家が戦争時に権力の側に取り込まれてしまうのはなぜなのだろうか。 2024/08/05
たつや
2
生涯に十回、林芙美子は海外旅行をしたそうで、本書では、その旅をモチーフに六つの小説と一つの手記を収録している。林芙美子はポップで聡明な印象の読みやすい文章が特徴だ2024/03/19
mimosa
1
芙美子さん自身が「観念を突き抜けて、形而上的なものを突き抜けて、私は単純に人間の心底をつかみたい気がしてる。」と言い、「何気ないデタイユを生かして書くという事が、私の小説の根底だ。人生の何処にでも、人間は息をしているといったデタイユに私は興味がある。私という作家はそのような作家だ。」という特色も、未完の女家族や漣波に十分うかがえる。と川場康成氏があとがきに述べたように、建前より本音を大事にする作者の生き様みたいなが、私たち女性を何処か勇気づけてくれるようで、読んでいて心地よく感じた。2023/10/22
emtb
1
林芙美子初読み。なんとなく難しそうで敬遠していたが、「国子は子供を産むのを厭がって」という一文目でぐっと引き込まれ読んでみることにした。昭和初期の価値観や貨幣価値はわからないが、とても面白かった。煙草の箱の記述で私は現代的な紙の箱を思い浮かべていたが、金属製の箱とあり、そうか、昔は金属製だったのか、と驚き、昔の方が風情があって贅沢だなと思った。やっぱりこの時代を知らない分、本当の面白さや話の本質はわからないところが多いのかもしれないが、思っていたより読みやすかった。「運命」「雨」「幕切れ」が特によかった。2023/10/20
きょん
0
林芙美子の紀行文を読んでから小説を読んだので、あの経験がこんな風に小説になるのか、というのが興味深かった。作者の言う「愛国心」がどのようなものなのかがいまいちピンと来なかったが、急逝してしまって書けなかった次回作はどんな内容だったんだろうと気になった。2023/09/30