内容説明
映画のように書き、小説のように撮る……
のちに世界有数の映像作家となった
映画監督イ・チャンドンによる傑作小説集
待望の日本語訳刊行!
映画監督として世界中にファンを持つ韓国の作家イ・チャンドンが、かつて小説家として発表し、「映像の世界への転換点となった」と自ら振り返る小説集、『鹿川は糞に塗れて』(原題『??? ??? ???? ?? ??』)(1992)の邦訳。
収録される5作品はそれぞれ、朝鮮半島の南北分断、そこに生まれた独裁政治下の暴力、その後の経済発展がもたらした産業化や都市化に伴う諸問題などを背景にしている。すべての登場人物は、分断や社会矛盾の犠牲になって生きる「ごく普通の人びと」。膨大な量のゴミで埋め立てられた地盤と労働者たちの排泄物の上に輝く経済発展、そしてそこに生まれた中間層の生活の構造を、作家イ・チャンドンは「糞に塗れている」と看破し、そこに生きる市民たちの悲喜交々の生を問う極上の物語を紡ぎ出す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
キムチ
40
表題からすると「山水画と汚物の対比・・まさにアイロニー」頁を捲ると孤児院、虐待横行の取り調べ、運動圏(反政府運動、その後政治を牛耳る流れなって行く人らの闘争)我が国の昭和初期の雰囲気だ。20C半ば生まれの筆者の本職は映像。さもあらん!作品は訳も手伝って、サラサラ川のように流れる語り文。実に読み易い。核となるのはかの国に吹き荒れた戦争と分断の爪痕。国起こしの基となった中産階級を象徴するのは鹿川に聳え立つマンション群。経済発展とともに生まれたそれは「糞と汚物の上」に在る。人々の軌跡の中にもまれ、流された男女が2024/02/09
Automne
6
韓国の歴史的背景を踏まえながら、アイロニカルに市井のひとびとを描いたイチャンドン監督短編集。 表題の"鹿川は糞に塗れて"は凄みのある小説という印象、土地のなりたちから頭の中で想起したり、それが物語展開とつながってゆくのが文学的で良い。 "星あかり"が特に印象にのこった。映画『シークレットサンシャイン』の元ネタというか、着想は似ている気がした。 あとがきでもあったように映像的な小説、小説的な映画を紡ぐイチャンドンらしさの詰まった良作です◎2024/07/25
Neishan
6
少しの間、積読になっていたが、読み始めたら進みが早かった。暗い、貧しい、希望がない話が多いのになぜこんなに面白いのだろう。個人的には「運命について」と「星あかり」が好きだった。この方の映画も好きで観ているが、ずっと未見だった『グリーンフィッシュ』を今年リバイバルでやっと観ることができ、表題作とのリンクを感じた。急激な近代化でインフラも脆弱な1980年代くらいの話が多いのだろうか。時代や社会に取り残された人々の声と生活が、しっかり描かれている。作中の人物の横顔はみな、泣きっ面でも凛々しい。繰り返し読みたい。2023/12/20
sanukinoasayan
5
「オアシス」で第59回ヴェネツィア国際映画祭監督賞受賞の作者が、小説家から映画監督へ転身する契機となった作品集である本作。反体制デモを見物していて誤認逮捕された際に出会った男の、転げ落ちるように先鋭化して行く様。若い頃は共産主義に傾いたものの、年経て廃人同様の暮らしをしていた父親がスパイ容疑で逮捕された息子等。映画のように書き、小説のように撮る、と評される作者が冷徹な視点で、韓国が民主化される以前の独裁体制と朝鮮戦争によって引き起こされた、理不尽な抑圧と人々の葛藤を描いた息詰まるような作品群。2023/09/05
ざじ
4
物凄く詩的な映画を撮り、物凄く映像的な小説を書く人だということが分かった。表題作のラストなんて、実在しないはずのイ・チャンドンの映画のラストシーンとして鮮明に脳で再生される2024/02/26