内容説明
集団への帰属の欲求とは何を意味するのか。この欲求が他者に対する恐怖や殺戮へとつながってしまうのはなぜなのか――。グローバル化の進展は、さまざまな文化の保持者たちの基盤を揺るがし、時に偏狭で排他的な帰属意識を生み出してしまう。複数の国と言語、そして文化伝統の境界で生きてきた著者は、本書のなかで新しい時代にふさわしいアイデンティティのあり方を模索する。鍵となるのは、「言語」だ。言語を自由に使う権利を守ること、言語の多様性を強固にし、生活習慣のなかに定着させること、そこに世界の調和への可能性を見る。刊行後、大きな反響を呼んだ名エッセイ、ついに邦訳。文庫オリジナル。
目次
はじめに/I 私のアイデンティティ、私のさまざまな帰属/II 近代が他者のもとから到来するとき/III 地球規模の部族の時代/IV ヒョウを飼い馴らす/おわりに
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Koichiro Minematsu
56
アイデンティティという一つの強さがその人を形成していると勘違いしていた。私たちの誰もが自分自身の多様性を受け入れ、自分のアイデンティティを自分のさまざまな「帰属の総和」として思い描くこと。また、コミュニケーションと知へのアクセスにおいて、「よい」ものか「悪い」ものか問うたところで何の役にもたたない。そう、「何の役にもたたない」 分断がおきるだけ。2021/12/09
livre_film2020
42
人が持てるアイデンティティは一つじゃない。複数あったっていいじゃないか。やがて、どんな人にも自分との共通点をどこかに見出し、世界への一体感を感じようではないか。それが平和というものだ。というのが、本書の要約だろう。ヨーロッパ的だが、さまざまな国の事情が考慮されているためそこまで傲慢な感じがしない。アジアへの言及は少なかったが。戦争は儲かるからそんな時代は来るのか疑問だ。だが、最後の一文がとても粋だった: 「へえ、おじいちゃんの時代には、まだこんなことを言わなきゃいけなかったんだ。」2022/10/11
踊る猫
41
知られるように、人間とは実に不可解な存在である。1人の個人の中で矛盾があったり、あるいは急に翻意が生じたりすることもしょっちゅうだろう。そうした動的な人間を無理やり何らかの、単一の(ここが重要だ)のアイデンティティに押し込めることは現実的ではない。ぼく自身、自分自身のアイデンティティを語る言葉を探してさまよい歩いていた頃にいろんな概念に飛びつき、そして何とかしてすべてをクリアに見渡そうと無茶をしたことがあるので著者の指摘は実に耳に痛い。アジアが視野に入り切っていないところは限界かなと思うが、非常に興味深い2024/01/12
踊る猫
41
コンパクトな書物だが内容は濃い。平たい語り口で、人間には必ずしもひとつだけのアイデンティティがあるわけではないこと(それらは帰属する宗教や文化/国家、言語によって決められる)、グローバル化/アメリカナイズによって脅かされたマイノリティ(例えばイスラム教やカルト集団)ばかりが取り沙汰されるが、アメリカもまたアイデンティティの危機に晒されていることが説明される。明快な処方箋が書かれているわけではないが、己の内に多様なアイデンティティを見出しその多様性に引き裂かれることを肯定する態度が求められるのではないか、と2019/06/17
金城 雅大(きんじょう まさひろ)
35
1998年の時点で、現在の世界に対してもこれだけ示唆とリーダビリティに富んだ文章が書かれていたことに驚きだ。 ただ、やはり宗教観の薄い日本人である僕にとって、「宗教とアイデンティティの深い関わり」を感覚的に理解するのは困難な本だった。しかし、宗教観の薄い民族など世界では圧倒的にマイノリティなので、これを理解しようとする姿勢を持つこと自体は絶対に必要なことだと思う。 というわけで、次はイスラム教の最新事情について解説した新書を読んでみようと思う。2019/12/22