内容説明
徹底した取材から浮かび上がる「事実」の重み――必読の七短篇
昭和19年、巡洋艦「阿武隈」の帰還兵・成瀬時夫が、小樽郊外の山のなかで「飢餓ニ因ル心臓衰弱」で死んだ。
市役所を退職し、いまは北海道の民衆史研究会で活動をする橋爪は、自らの過去の経験から、成瀬は“逃亡”したのではないか、と直感。
遺族を探し、調査をするようになる――。
長篇小説『逃亡』と合わせ鏡のようになっている表題作をはじめ、大阪の篤志面接委員から聞いた話をもとにした「鋏」、ある寺の墓石をつくる石材店主がもらしたことがきっかけとなった「白足袋」、能登の岩海苔採りの遭難を報じた新聞記事がヒントになった「霰ふる」など、全7篇。
不可解な謎を秘めた人の生の、奇妙な一面を見事にすくい上げ、徹底した取材と想像力により文学作品に結実した短篇集。待望の新装版。
文庫解説:梯久美子(ノンフィクション作家)
※この電子書籍は1988年7月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
青乃108号
111
吉村昭の入魂の短編集。それぞれに印象深い短編が集められているが、中でも表題作の「帰艦セズ」が印象深い。「逃亡」で軍から逃亡し生き長らえた橋爪が、偶然にも自分と同じ様に、軍艦から逃亡し行方知れずとなった成瀬の存在を知る。調査した結果、成瀬は休暇時間に艦から降り、宿で一夜を過ごし1度艦に戻ったのだが、携帯して行ったはずの弁当箱が見当たらず、弁当箱1個と言えど軍の支給品を紛失する事は重罪にあたり、再度下艦許可を得て方々探すも見つからず、厳罰を恐れた成瀬は出航時間に戻らず逃亡、山中でやがて餓死する。哀しすぎる。 2023/11/01
kinkin
102
タイトルにもなっている「帰艦セズ」は、先日読んだ『逃亡』の後日談という形式になっている。この一編が読みたくて図書館で借りた。戦争中に軍隊から逃亡するということは大罪であったという。逃亡に成功した男は北海道で暮らし、時の流れが進んだ。男は変死した元海軍兵士の足跡をたどり死の真実にたどり着くことになる。いつもながら吉村昭氏の語り口は静かながら様々なことがきちんと伝わってくる。この本が出版されてから30年以上経過し、戦争について語ることのできる人はほとんどいないと思う。歴史の1ページとして覚えておきたい。2024/09/27
ケンイチミズバ
94
この時期のお約束。夏休みの読書課題に人類の課題でもある戦争について考えるコーナーがある。逃亡の汚名のまま行方不明の息子。家族は肩身の狭い思いで終戦を迎える。巡洋艦の緊急出港に乗り遅れた海兵は軍規では死刑に値する。若者は官給品の弁当箱を旅館に忘れ取りに戻ったのが判断ミスだったのか、戦地へ行きたくなかったのか、山中で餓死した。菊の御紋の入った官給品を失す、粗末に扱えば鉄拳制裁が待ち構えており、顔が変形するまで上官に殴られた日本兵を今の若者は理解できないだろう。無理無理無理と逃げるか、射撃訓練で銃を乱射するか。2023/08/09
konoha
62
「これぞ小説」と感じた。渋い。思っていたよりずっと読みやすい。無駄のないシンプルな文章、情景描写による始まりに引き込まれる。「果物籠」は戦時下、教練で生徒に暴力を振るっていた井波が怖く、妙にリアル。時を経て再会しても悪気がない井波への生徒たちの複雑な感情が伝わってくる。「飛行機雲」の君塚夫人は夫の生存を信じて待っていたが、小説家から戦死していたと知らされる。どの人も何事にも屈しない静かで強い信念を持っている。それが現代の小説ばかり読んでいると新鮮で心地良い。ずっと色褪せないだろう作品。2023/10/03
Shoji
39
『逃亡』に引き続いて読みました。『逃亡』のスピンオフ的な作品である『帰艦セズ』は、『逃亡』発表から15年後の発表とのことです。違った角度からストーリーを捉えることが出来て新鮮でした。他、死にまつわる人間模様を描いた作品が六編収められています。いずれも、人間社会の不条理を書ききっています。「死んだらおしまい」とか「もう死んだからええやん」なんて軽はずみなことは言えないお話ばかりです。読み応えありましたよ。2023/09/22
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