内容説明
潜水艦は永遠の夜を航行する。
イマジネーションの極まる、“その先”へ――
迷宮のようなプロットと東洋の美学が織りなす、
中国文学の新星による至高の作品集
「彼の作品に登場する人物の多くは、千変万化する世間のありようについて
ゆくことができず、自分の空想世界にひきこもることによって精神のバラン
スを保つ。彼らは、激動の変化を遂げ続ける中国社会の片隅に、ひっそり
と、だが確実に存在する人々の姿を映しているに違いない。同時にそれは、
この本を読む私たちの姿にもどこか似ているように思われる。」(訳者解説
より)
「一九六六年のある寒い夜、ボルヘスは汽船の甲板に立ち、海に向けて一枚
の硬貨を抛った。」と始まる表題作「夜の潜水艦」は、少年の空想世界が現
実との境界線を失っていくという奇譚。「竹峰寺 鍵と碑の物語」で主人公
の青年は、失われた実家の鍵はUSBメモリーで、家は完全な状態でメモリ
の中に保存されていると考える。……8つの中短編は、ひとつひとつ全く異
なる世界を細やかに描きながら、大胆なイマジネーションで独自の文学世界
を構築していく。中国の若者に大きな共感を呼んだ、新たな中国文学の潮流
となり得る気鋭の作家、記念すべき初邦訳作品。
CONTENTS
夜の潜水艦 005
竹峰寺 鍵と碑の物語 031
彩筆伝承 079
裁雲記 103
杜氏(とうじ) 123
李茵(リ・イン)の湖 137
尺波(せきは) 163
音楽家 181
解説 254
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
たま
66
2020年出版、翻訳が2023年。未知の作家さんで初読みだが、読メのご感想に惹かれて読んだらとても私好みでした。詩的でしかも読みやすい文章で水墨画の深山幽谷に光が射し色が溢れ渓流が迸り鳥の声が谺する。「夜の潜水艦」のボルヘスと海底の硬貨、「竹峰寺」の鍵と古い家の記憶-呼応する生の感覚が(若い人の感性だと思うが)作品に神秘的な色合いを添える。ファンタジー色の濃い短編もどこか屈託がなくて明るい。中国でとても人気があるそうだが、村上春樹のデビュー(風の歌を聞け)時を思い出す。若い世代に支持されるのも宜なるかな。2023/12/03
夏
37
中国期待の若手作家による、8編の中短編集。『夜の潜水艦』という題名が素敵で読み始めたのだけれど、中身も素晴らしく面白かった。何が素晴らしいかと言えば、8つの物語世界が全て異なることだ。中国の伝統文化を題材にしたかと思えば、今度はスターリンが亡くなった後のロシアを舞台とした話になる。表題作「夜の潜水艦」では、少年の空想する世界がどこまでも深海に潜っていく様を描いている。このようにどの話も素晴らしく面白いので甲乙がつけがたい。この素晴らしい作品をもっとたくさんの人に読んでほしい。おすすめ。★★★★★2024/06/03
かもめ通信
20
1990年生まれ、福建省出身の若手作家の作品集。収録作品は、夜の潜水艦/竹峰寺 鍵と碑の物語/彩筆伝承/裁雲記/杜氏/李茵の湖/尺波/音楽家の8篇。とりわけ気に入ったのは「彩筆伝承」「李茵の湖」「音楽家」あたり。また一人、追いかけなければと思う作家に出会った。2023/09/11
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17
一九六六年のある寒い夜、ボルヘスは汽船の甲板に立ち、海に向けて一枚の硬貨を抛った__冒頭から一気に惹き込まれる。しなやかな始まり、雄大な続き、玄妙な転換、そして虚無の終わり。そう、空想や幻想が現実を鮮やかに反映させる。きっと世界は想像によって構築され創造される。だからこそ我々は誰にも気づかれないように、そっと世界を繋ぐ扉の鍵を目立たないけれど、いつでも取り出せる場所に仕舞い込む。まるで腕の骨のしらじらと浮かび上がるレントゲンにジャズやロックが刻まれたボーン・レコードのように。何て素敵な作品集なのだろう。2024/02/06
フランソワーズ
16
多様なスタイルを持つ小説家ではあるが、主人公たちの根底にあるのは自己の中にある煌めき(酒造り、小説、音楽など)を何よりも大切に抱き続けていること。それは名声を遥かに超えると考える高踏的な主人公たち。そして文章がまさしく、”悠久の歴史を持つ中国”っぽい。お気に入りは、『彩筆伝承』、『杜氏』(『音楽家』も良かったけど、わたしにクラシック音楽の知識が全くないために、肝心なところが理解できなかった)。2023/07/16