内容説明
「とても鋭い知性の持ち主だが、ほとんど記憶のない女がいた」
わずか数行の箴言・禅問答のような超短編から、寓話的なもの、詩やエッセイに近いもの、日記風の断章、さらに私小説、旅行記にいたるまで、多彩で驚きに満ちた〈異形の物語〉を収めた傑作短編集。カウボーイとの結婚を夢みている自分を妄想する「大学教師」、自分の料理を気に入らない夫の好みを記憶を辿りながら細かく分析していく「肉と夫」、思考する〈私〉の意識とメモをとる〈私〉の行為を、まったく主語のない無機質な文体で描く「フーコーとエンピツ」他、全51編を収録。「アメリカ小説界の静かな巨人」デイヴィスの、目眩を引き起こすような思考の迷路や言葉のリズム、また独特のひねくれたユーモアは、一度知ったらクセになる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
buchipanda3
101
「とても鋭い知性の持ち主だが、ほとんど記憶のない女がいた」。著者はルシア・ベルリン作品集の解説を書かれた方で、その文章から興味が湧いて彼女の作品を読んでみた。この奇妙な読み味はまさに好みのものだった。収録された掌編51篇は多彩で、自由自在な語りに惚れてしまった。知的で深みがあり、それでいて親しみ易さがある。思考、思考、思考を巡らせる文章の中で、考えすぎる自分にうんざりと著者は頭の中の余白の大切さを問う。読み手を煙に巻くようでいながら、物事の本質的な感覚を取り戻させるかのように寄り添ってくれていると感じた。2022/04/18
藤月はな(灯れ松明の火)
44
一人である孤独と解放感、親切にする人に対する嬉しさと一抹のうっとおしさ、家族に植え付けられた怒りと無神経の蓄積に対する憎悪と無理解と諦めとそれでも依存してしまうという言葉にならなかったことが細やかに表現されています。心の襞に内包している蟠りなどを的確に切り取る辻村深月さんに近い作家さんだと思いました。最後が「共感」と言う物語で終わっている構成が上手いです。2013/01/12
たまご
34
エッセイのような,私小説のような,紀行文のような,哲学のような.表現的にはさまざまだけれど,でもどれも悩み尽くしている,でも当事者なのにどこか客観的な作者の視点が,統一感をもたらしているように感じます.繊細で知的で,おそらく完璧主義で悲観的な作者.そんな作者の,その出来事が起きた時の,感情というより思考の変遷が語られる. 世の中は,思考に満ちている.2017/11/30
KI
33
「異形」と書くとどこか恐ろしさがあるけれど、「異なる形を持つもの」と書くとどこか愛くるしさが湧いてくる。2020/04/05
mm
32
感想が書きにくい読書体験。イメージが喚起されたり、鋭い切り込みにハッとしたり、ちょっとした言い回しに感心したり…決して読みにくいわけではないのだが、ガッチリ掴んだ気にならない。思わず読み返して見れば、確かに内容は頭の中に残っているのに…作中の誰かに感情移入して物語の中に取り込まれるみたいな読み方はできなかった。作者と文と私と文中人物と時々視線を交わしながら進むんだけど、目は合わなくて気配を手探りしてるみたいな感じ?でも、クールでカッコ良さは最大級でした。フーコーのどんな文が読みにくいかだけは共感したけど。2017/05/17