内容説明
極北の雪原に生きる狩猟民ヘヤー・インディアンたちは子育てを「あそび」として性別、血縁に関係なく楽しむ。ジャカルタの裏町に住むイスラム教徒は、子どもの喧嘩を「本人同士のビジネス」と言って止めない。本書は、環境や習慣が異なる社会における親子、子どものありかたをいきいきと描き出した文化人類学的エッセイである。どのような社会に生まれても子どもは幅広い可能性を内包しながら成長していくことが、みずからのフィールドワーク経験をもとにつづられる。鮮彩なエピソードの数々が胸を打つ名著。
目次
1 切ることと創ること/2 親の仕事を知らない子どもたち/3 からだとつきあう その一/4 からだとつきあう その二/5 一人で生きること/6 けんかをどうとめるか/7 親子のつながり/8 あそび仲間のこと/9 「あそび」としての子育て/10 「親にならない」という決断/11 自然の中で作るおもちゃ/12 きびしい自然の中の子育て/13 〝自然みしり〟をする/14 「子どもぎらい」の文化/15 母系制社会の子ども/16 男女の分業について/17 キブツの男女・親子関係/18 バングラデシュの女の子たち/19 〝がめつさ〟について/20 男の子の「家出」について/21 しつけの男女差/22 離婚と子ども その一/23 離婚と子ども その二/24 ディズニーランドの文化/25 文化のなかの教育 その一/26 文化のなかの教育 その二/27 文化のなかの教育 その三/あとがき/解説(奥野克巳)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
tsu55
31
カナダ極北の狩猟採集民ヘヤー・インディアンの世界では、育児は「あそび」なのだそうだ。また、教える-教えられるという関係がなく、子どもは、大人のすることを観察して、自分なりに工夫して猟や皮なめしなどのスキルを身につける。気軽に子供を養子に出したり、養子をもらったりするという。我々日本人が「常識」と思っていることは、必ずしも普遍的なものではなく、環境によって、「常識」は様々なんだな。2023/03/27
塩崎ツトム
29
親はなくとも子は育つというのは文化によっては真理で、ぼくら大人は子供の持つ可能性ないし可塑性というものをもっと信じないといけないのではないか?そしてもっと異なる価値観・視点・認知をする人々を「他者」でも「敵」でも「あいつら」でもなく、異なる環境(ハビタット)で自我を形成した、もう一人の、別の運命をたどった、オルタナティブな自分として観察し、認識し、許容することはできないものだろうか?2024/03/26
ほし
18
筆者が、極北に住むヘヤー・インディアンらと交流する中で出会った、子どもたちや子育ての姿を描いたエッセイ。ここで描かれる子どもたちの様子は、今の日本とは全く異なるものです。斧を扱う4歳の幼児や、買い物で値段の交渉をする6歳の子ども…。ヘヤー・インディアンは、子育てを「あそぶ」ことだと捉え、親だけではなく集団での育児をするのだといいます。彼らにとって、教える/教わるという関係は無く、全てが独立した人格を持つ存在として扱われているのです。子どもの可能性を信じることの大切さを思い起こさせてくれる一冊です。2023/02/24
ぷら
15
一度は見送った本と書店で遭遇。試しに流し見て、籠へ直行。読みやすくて面白かった! 日本の子供達からは遠いヘヤー・インディアンの子供達を見つめ比較する事で、子供とは、そして人とは、ヒトが人と成る事とはと、考えも視野もぐんと拡がる。やっぱり文化人類学って面白い分野だ。 子供がどう成人するかは、やっぱり親だけの問題じゃない。その子がどんな環境、文化、習慣に身を置いたかも要だ。子供の幸福を願うなら様々な意味での環境を整える必要があるんだろうと改めて思った。 子育てはつまり未来の話、子供の有無に関わらずおすすめ。2025/03/09
kuroma831
14
女性文化人類学者による子育て雑誌に連載された民族誌エッセイを1979年に書籍化したものを2023年に文庫化したもの。本人の調査フィールドである、カナダ極北のヘヤー・インディアンやインドネシアのジャカルタ・アスリの暮らしの中で、子どもに関わるエピソードを中心に語るが、同じく文化人類学者の夫の研究フィールドであるバングラデシュなども出てくる。それぞれの社会の中で位置付けられる子どもの扱いや、子どもとのやり取りの中で発せられる著者の問いが面白い。2024/07/21




