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内容説明
高等教育の古文・漢文不要論が唱えられる今、古典は本当に必要なのか。日本において古典が成立した経緯を辿りながら、そもそも「古典」とは何かを考える。一般社会通念としての「古典」とは、歴史の中で他者の視線に耐え抜いた書物を指すことが支配的であるが、本書では、本来の「古典」には明確な基準があったことを明らかにする。「古典の日本史」を踏まえつつ、日本人にとっての「古典」や「教養」のあり方を問う一冊。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
KAZOO
99
日本文学のご専門の方が、古典文学を題材としてその書かれた背景や時代についてかなり克明に分析しておられます。最近は古典文学などを専攻したりする大学生や高校での古典文学を原文で読む人が少なくなってきているのでしょうね。それを嘆くような感じを著者が持っているのではないかと思いました。私は比較的好きなのですが、大河ドラマで始まった「源氏物語」は残念ながらまだ原文では通読していません。2024/01/08
buuupuuu
23
自分が日本の古典に無知であるため概要だけでも知ることができてよかった。著者によれば古典とは、その注解書の数から、まず『古今集』『伊勢物語』『源氏物語』『和漢朗詠集』の4つであり、前近代においてはこれらをマスターしていることが一人前の条件だったという。古典としての地位は公共圏を形作る社会的実践に由来する。そのような実践は平安末期に始まり明治維新以降の近代化によって終わった。だが正統/異端の枠組みが無くなった現代におけるそのような反復的実践再興の実行可能性と意義が十分に明確化されたとはまだ言えないように思う。2023/01/23
bapaksejahtera
18
古典とは長く伝来するだけではなく、注釈引用され教養上層の必須の共通知識として長く多面的に活用されてきた物。これを持つ文化圏は世界に多くはなく、漢字文化希臘羅馬文化イスラム文化等限られる由。我が国は鎌倉初成立の和漢文化による古典的公共圏を有する数少ない国の一つと著者は主張する。本書では古今和歌集伊勢物語源氏物語和漢朗詠集を始めとするその社会的機能の発揮と態様の歴史を述べた後、明治期の近代化以降これが教育の一課程に押し込められ、今日サブカルとして利用されるに過ぎないとする。やや自大的印象はあるが首肯はできる。2023/08/03
軍縮地球市民shinshin
16
世界には「古典」を持っている国と持たざる国がある。後者はアメリカ合衆国が代表的で近代になって成立した新しい国家である。前者はヨーロッパ各国や中東諸国、中国などが数えられる。著者によると「古典」とは長年に渡って読み継がれてきただけではなく、後世の人々によって注釈が施され研究対象とされた『古今和歌集』、『伊勢物語』、『源氏物語』、『和漢朗詠集』であるという。『平家物語』は近代になって研究対象とされたので「古典」としてはかなり新しい。前近代社会で「古典」とされたこの四つの作品を読解理解している世界を「古典的公共2023/12/17
chang_ume
14
ハーバマスの公共圏概念を借りながら、「古典的公共圏」の成立展開そして崩壊を描く。注釈の存在を最重要とした「古典」理解は、現代のweb検索アルゴリズムに似ていて面白い。ただし注釈重視の理由があまり明らかでないので、ややモヤモヤする。テクスト受容の体系化を重視する立場だろうか。本書内容を鵜呑みは危険ですが、古典主義者の心情激白を味わいながら、古典というものを再検討・再定立する機会として得難い読書だった。2023/04/29