内容説明
魔女はすべてを覚えている。
ひとの子がすべてを忘れても。どこか遠い空の彼方へ、魂が去って行こうとも。
そして地上で魔女たちは、懐かしい夢を見る。記憶を抱いて、生きてゆく。
その街は古い港町。
桜の花びらが舞う季節に、若い魔女の娘が帰ってきた。
赤毛の長い髪をなびかせ、かたわらに金色の瞳をした使い魔の黒猫を連れて。
名前は、七竈・マリー・七瀬。
目指すは、ひとの子たちが「魔女の家」と呼ぶ、銀髪の美しい魔女二コラのカフェバー。
懸命に生きて、死んでゆくひとの子と、長い時を生きる魔女たちの出会いと別れの物語。
―――
魔女たちの物語は、物語の形を借りた、わたし自身の想いであり、言葉でもあったのだろう、といまになって、気づいています。
何の力も持たず、歴史を変えられもしない、一本の糸に過ぎないわたしが、誰かのささやかな愛すべき日常に寄り添い祝福し、
不幸にして斃れたひとびとにさしのべたかった「腕」が、この物語だったのだろうと。
そう、わたしには魔法の力はなく、この物語もいつかは忘れ去られてゆくでしょう。
けれど、この物語にふれたどなたかが、ふと、これまで地上に生きてきた一本一本の糸に思いを馳せてくださるなら、
わたしの言葉はそのとき、魔法になるのだと思います。
村山早紀(「あとがき」より抜粋)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
さてさて
149
『この物語を読んでいるあなたの住む街にも、実は魔女は暮らしているのかも知れない』。『古い港町』を舞台に『魔女の家』を訪れた『魔女』の七瀬を描くこの作品。そこには、『魔女』という存在を雰囲気感豊かに描く物語の姿がありました。パターン化された展開ではなく予想外に描かれる事ごとに集中力が切れないこの作品。漠然と思い描いていた『魔女』という存在がくっきり浮かび上がってもくるこの作品。“村山早紀さん × 『魔女』”という組み合わせの想像以上の相性の良さに、どっぷりと物語世界に浸らせていただいた素晴らしい作品でした。2024/05/12
ぶんこ
48
魔女は人よりも長く生きますが、誰かを助けるために命を落とすこともある。七瀬の母も、船の事故で七瀬たちを助けて命を落とす。後半はお盆、ハロウィン、クリスマスの物語。亡くなった人々が愛しい現生の人々に会いに来る。そこからは涙が枯れることなく、先に逝った人、遺された人の思いと、魔女たちの人を思いやる気持ちの強さに感動。日米親善で贈られたお人形の健気さ、昔々、信仰を禁じられた人々が隠れ住んだ島と、そこに赤子として流れついた七瀬。厳しい生活の中でも食べ物を与えて慈しんでくれた島民。お礼をと気づいた時遅かった。2023/11/27
よっち
44
桜の花びらが舞う季節。古い港町・三日月町に帰ってきた若い魔女の娘・七竈・マリー・七瀬。懸命に生きる人々と、ひっそりと長い時を生きる魔女たちの出会いと別れの物語。ひとの子たちが「魔女の家」と呼ぶ、銀髪の美しい魔女二コラのカフェバーを訪れた七瀬が、街に住み着いて密かに人々の手助けをしてゆく連作短編集で、かつての友人でもある書店員と交わした約束に始まって、優しい魔女がささやかな奇跡を起こしてゆく穏やかなストーリーは良かったですね。一つ一つ丁寧に描かれた魔女が人に寄り添ってくれるとても優しい物語になっていました。2023/01/10
陽子
39
魔女は時を超えて生きる。時代の流れの中を通り過ぎていく人々。様々な出会いと愛しい思い出。自分の命を削って少年を助けようとした銀色の髪の魔女のお話「天使の微笑み」が心に残った。悲しい死を遂げた女の子の思いを届けるために長い長い旅をする「ある人形の物語」、切なかった。ひとを思う優しさ、時を超えて起きる奇跡。心に響く素敵なファンタジーだった。2023/03/28
megu
34
人の世界に住む魔女たちの、出会いと別れをテーマにした連作短編集。児童書のように易しいけれど、全然退屈じゃない、温かくてちょっぴり切ない素敵なお話だった。ひとよりも遥かに長い寿命をもつ魔女たち。ひとと関わったとしても、ずっとそばにはいられない。ひとの子が蝉の一生を見てその短さを嘆くように、魔女たちはひとの命の短さを惜しむ。この物語に登場する魔女、ニコラも七瀬もとても素敵で、こんな風に世界を見守ってくれている魔女がどこかにいたらな、と妄想が膨らんだ。初読みの著者だったけれど、著者が紡ぐ優しい文体がすごく好き。2023/06/25