内容説明
キリスト教において、神の顔は、死後の救済の瞬間まで見ることは叶わないとされる。偶像禁止と、ひと目その姿を拝みたいという欲望との狭間で、「人の手によらない」という奇跡の像は生み落とされた。そのイメージは反復・伝播し、東西キリスト教世界で独自の変容を遂げていく。表象不可能なものの表象――ここに紛れもなく西洋のイメージの源流がある。有名無名の芸術家たちはいかにしてこの逆説を乗り越えたのか。神秘のヴェールを取り払い、西洋世界2000年にわたる壮大なイメージの歴史をたどり直す。イメージ人類学、期待の新鋭による新たな挑戦。
目次
はじめに
第一章 失われた顔を求めて──キリストの肖像前史
1 キリスト教における神の表象
偶像崇拝という禁忌
象徴記号としてのキリスト
2 キリスト論の展開と肖像の成立
キリストの神性と人性をめぐる論争
キリストの肖像の成立──象徴記号から類似記号へ
3 テクストのなかのキリストの顔
文学的プロソポグラフィの伝統
4 東西キリスト教会の聖像理論
聖像破壊運動と東方の聖像理論
東西教会の分裂と西方の聖像理論
真正な肖像──アケイロポイエトス
第二章 マンディリオン伝説の構築──東方正教会における「真の顔」
1 マンディリオンとその伝承
弁証法的イメージ──ジェノヴァのマンディリオン
マンディリオン伝説
聖遺物とイメージのはざまで
2 イメージ崇敬の前史へ──使徒・聖書簡・城門への崇敬
イメージへの沈黙──カエサレイアのエウセビオスの『教会史』
聖書簡と城門──崇敬パラダイムの成立
3 イメージの(再)発見──テクストの歴史
イメージの登場──『アッダイの教え』
イメージへの沈黙──プロコピオスの『戦史』
聖書簡崇敬からイメージ崇敬へ──エヴァグリオスの『教会史』
4 イコン崇敬の高揚──アケイロポイエトス神話の普及
アケイロポイエトス・イメージの高揚
イメージ崇敬の背景
エヴァグリオスの改竄問題
5 聖像論争におけるエデッサのイメージ
ギリシア語文書における聖像譚──聖像擁護派の武器
テクストの歴史からイメージの歴史へ
6 首都への奉遷と伝承の確立
イメージの奉遷
『エデッサの聖像譚』
二つの生成譚
崇敬パラダイムの変容──マンディリオンと城門、ケラミオンとランプ
第三章 マンディリオンの表象──東方における聖像論
1 陰影素描としてのマンディリオン──可視と不可視の閾で
見られることを拒むイメージ
マンディリオンの二枚の複製
複製と偽造──「人の手」の両義性
陰影画としてのイメージ──写真技術とトリノの聖骸布
マンディリオンの隠蔽──物質とイメージの分離
2 陰影素描から着彩画へ──複製の登場
シナイ山の対幅パネル
マンディリオン・イメージの定式化──痕跡からイコンへ
印章と印影の隠喩
原型と複製──見神のメディア
3 見神のメディアとしてのマンディリオン──律法の石板、至聖所の垂幕
「第二のモーセ」ヨハネス・クリマコス
「影とイメージ」および「陰影素描と彩色画」
絵画化された「影」と「イメージ」
至聖所の垂幕とその裂開
古い法の成就と無効化──契約の櫃、モーセの石板、房飾り
見神のメディア──覆いを取り去ること
第四章 複製される神聖空間
1 神聖空間のパラダイム──マンディリオン・ケラミオン・ランプ・城門
複製される神聖空間
聖体礼儀とプロスフォラ
反復されるエデッサの壁龕
2 神聖空間のパラダイム──聖書簡・聖顔布・壁龕
聖書簡と聖顔布の魔術的融合──七つの印章と壁龕
3 マンディリオン・イメージの「後生」
首のない暗いマンディリオン
神聖空間の複製──マンディリオンと受難具
原型への回帰、そしてそれ以後──シモン・ウシャコフ様式
第五章 ラテラーノ宮殿の救世主の肖像──ローマのアケイロポイエトス
1 西方のアケイロポイエトス──ラテラーノの救世主像
西ヨーロッパの動向
秘匿されたイメージ──サンクタ・サンクトルム礼拝堂の救世主像
カロリング朝時代における崇敬の展開──守護的象徴と宗教行列
聖母被昇天祭の聖像儀礼
揺らぐアケイロポイエトス
2 中世における崇敬の展開──復活祭の「足の浄め」
「足の浄め」と教皇権継承の儀礼
アケイロポイエトス神話の変容
イメージの隠蔽──聖遺物化
救世主像の複製と聖母被昇天の祝祭儀礼──神聖空間の反復
3 聖母被昇天祭の聖像儀礼とその後生
ラファエッロと礼拝像
第六章 ヴェロニカ伝説の構築──西方世界における「普遍的教会の象徴」
1 伝説の構築──二つの伝統の混淆
聖女ヴェロニカ伝説
伝説の構築1──サン・ピエトロ大聖堂の聖遺物の伝統
ヴェロニカ崇敬の確立──公現祭の宗教行列
実体変化の教義公認とヴェロニカ崇敬の高揚
血の奇跡と贖宥
至福直観への憧憬
贖宥の祈兊──ヴェロニカ像の二極化
伝説の構築2──聖女ヴェロニカとキリストの受難
サン・ピエトロの聖遺物とヴェロニカとの融合
2 マンディリオンとヴェロニカ
皇帝から教皇へ
女性の役割
第七章 ヴェロニカの表象──信仰と芸術のはざまで
1 複製図像の形成──贖宥、聖体崇敬、至福直観のメディア
最古のヴェロニカ像──芸術的洗練としての複製
ローマの最古の複製──マンディリオンからヴェロニカへ
聖年の制定と巡礼における贖宥
個人の礼拝空間へ──聖体としてのキリストの顔
女子修道院におけるヴェロニカ崇拝
至福直観と個人の審判
視覚の三段階
「キリストの受難具」とヴェロニカ
「聖グレゴリウスのミサ」
十字架の道行と聖女ヴェロニカの登場
2 痕跡と技芸との葛藤──芸術家の自己超越の隠喩
神の顔に挑む芸術家
空間と物質の葛藤──ドイツ美術における聖顔
「真の肖像」──画家ファン・エイクの技のイコンへ
キリストとしての自画像──神の鏡に映された顔
ふたたび聖汗布へ──遠さと近さの弁証法
天空としてのヴェロニカ──腐食銅版画とアケイロポイエトス
痕跡としてのヴェロニカ──表象しえぬものの表象
妙技に抗して──ウーゴ・ダ・カルピのアケイロポイエトス
ヴェロニカ崇敬の危機と復興
唯一つのイメージ──クロード・メラン
神聖なる技芸──トロンプ・ルイユと観想
第八章 キリストのプロフィール肖像──構築される「真正性」と「古代性」
1 キリストのプロフィール肖像の生成
プロフィール肖像とメダルの誕生──ビザンティン皇帝と古代の威光
大プリニウスによる「起源の肖像」と「影」
2 キリストのプロフィール肖像と「真の顔」の伝説形成
「個別性の強い」プロフィール肖像とエメラルドの伝承
北方における普及──礼拝像としての展開
もう一つの伝承──ドイツにおける翻案
プブリウス・レントゥルスの書簡
3 捏造される古代
側面観と正面観のキリスト肖像における擬古性と真正性
ラファエッロのプロフィール肖像とエメラルド
ミケランジェロとプロフィールのキリスト
ポントルモとキリストの石棺の封印
4 プロフィールのキリストの後生
プロフィール肖像の変容
ふたたびアケイロポイエトスへ
おわりに──イメージ人類学に向けて
註
あとがき
参考文献
掲載図版一覧
人名索引
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