内容説明
もし殺意があったとすれば、それは……。女が一線を越える瞬間を捉えた表題作、戦中戦後の混乱を背景にすれ違う男女の心理を描いた「傍観者」、悲哀に満ちた男の数奇な運命を追った「ある偽作家の生涯」ほか全九篇。一九五〇年代前半に発表された昭和サスペンスの至宝。文庫オリジナル。
〈解説〉米澤穂信
【目次】
殺意/投網/驟雨/春の雑木林/傍観者/斜面/雷雨/二つの秘密/ある偽作家の生涯
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
藤月はな(灯れ松明の火)
61
表題作の淪落した女の変遷の描写に唸る。今まで彼女が自分を利用し、蔑ろにする名倉を愛するのは「自分は大切にされてきた」という思い出がないからだ。しかし、故郷の後輩と先生に再会し、「都会で働く女性」として敬われる経験を通して彼女は自尊心の気づきと名倉の取るに足りなさに気づけたのだろう。だからこそ、自尊心の回復の為に殺意は生まれたのだ。「傍観者」の愛し合っているのに一方は立ち入らない拒絶という冷淡さに背筋が凍る。それは愛しても相手が応えてくれない事や裏切りに対する心の予防線と偽って使う薄情さを突き付けられたから2023/05/03
geshi
32
昭和の純文学作家というイメージで手が伸びなかっさ作家だが、スルスルと読みやすく現代にも通じるテーマがあって面白かった。すべての作品に寂しさのある人間が描かれ、その痛みが胸を打つ。『春の雑木林』いい人に見える人の裏切りと嫌いな人の中の善性、それら全てが現実の前で押し流される。『投網』目つきに人物像を重ねてラストでひっくり返し解消させる手際の巧さ。『雷雨』こういう周りに自分の不満をまき散らすことでしか自己を保てない人いるよなぁ。無様さが悲しく最後まで容赦がない。2023/02/06
くさてる
26
いわゆる昭和の文豪、大作家。そういう作家が恐怖とかサスペンスとかミステリとかを書いたときに、ちょっとびっくりするような作品が出てくることがある。これはまさにそういう短編集でした。ただ面白いとかスリリングとかいうのとも違う、ただ忘れられないような場面や人の心情の揺れ動きが、ひとつの物語をかたどっている。やっぱりすごいですね。2023/02/15
しーふぉ
21
短編集。解説は米澤穂信。その中で井上靖の小説には清潔があると書いている。その通りだと思う。井上靖の小説には理想や希望が感じられる。2023/07/01
たぬ
17
☆4 1950年から1955年にかけて発表された9作品を収めたもの。井上靖とサスペンスって意外な組み合わせだなあと思って(解説で米澤穂信氏もその旨述べておられる)手に取ったのだけど、コンセプトがコンセプトなだけに暗い話だらけ。中でも「雷雨」は特に印象的だった。無意味に威張りちらしていつも文句だらけ、言動が老害でしかない魁太を村人たちは明らかに疎んじていてろくに相手にしてないのだけど、そんな様子がなんだか悲しいんだ。2025/09/19




