内容説明
「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。ウェスト夫人の強靱な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける――物語の生れる場所からの、著者初めてのエッセイ。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
393
この人の作品は、どちらかと言えば物語の方が好きなのだが、こんな風なエッセイも捨てがたい魅力がある。ほんとうに感性が豊かな人なのだろう。今回は、いわゆる「異文化接触」が基調テーマなのだが、彼女が最初に巡り合った、ウェスト夫人とS・ワーデンのコミュニティの人々は、最良の英国であったように思う。ことにウェスト夫人は、彼女の物語作家としての師でもあり、この出会いがなければ、今の梨木香歩はなかったかも知れない。このエッセイの読後感は、ウェスト夫人を核とした、連作の小説を読んだかのようだ。2012/06/23
風眠
279
「そうだ。共感してもらいたい。つながっていたい。分かり合いたい。うちとけたい。納得したい。私たちは本当はみな」帯でも紹介されているこの文章に光が見える。それは生きていく道の先にある光。人の中で生きるのは大変な事もある。けれどお互いに「理解できなくても、受け容れる」努力をすれば、この世界はきっと光に包まれて優しくなれる。簡単な事じゃない。いろんな人がいる。人は長所・短所を合わせ持っているから人間なのだ。それは私も同じ。著者の人への眼差し、優しさが見え隠れする洞察力、私の心にいつも置いておきたい一冊になった。2016/12/16
SJW
243
梨木さんが学生時代にお世話になった英国の下宿の女主人「ウェスト夫人」と彼女に関わる様々な人々にまつわるエッセイ。出てくる地名や登場人物の名前から、自分が初めての外資系に入社した時のことを思い出した。上司となるカナダ人と面接した時はよく英語が分かり、これなら外資で生きていけるかと思った。入社した後、隣の席のオックスフォード出のジョナサンと話をしたら、何を言っているのか分からず焦った。近くの席のケムブリッジ出のアンディに聞いたら、英国の上流階級の話し方だという。その他にアメリカ人3名、香港出身の中国人(続く)2018/09/05
さてさて
231
直前に「村田エフェンディ滞土録」を読みましたが、舞台となる国は違えど異国を表現する感覚に両者の中に似たような雰囲気感を感じました。観光するだけでなく異国で生活する感覚、すれ違うだけでなく異国の人と交流する感覚、そして感じるだけでなく異国を理解しようとする感覚。「滞土録」のあの異国留学の奥深さはこのエッセイの先にあった世界なのだととても納得しました。 梨木さんの独特な世界観から生まれる作品たちが根差す土壌の感覚に少し触れることができた、そんな印象を受けた作品でした。 2020/09/23
エドワード
201
留学は異文化と隣接することで、自分のアイデンティティを再発見する機会になる。梨木香歩さんの作品は「西の魔女が死んだ」に顕著なヨーロッパのセンスと、 「家守綺譚」等の日本の伝統的な自然観が不思議な調和を見せる。彼女のイギリス留学の体験から、その拠って立つ所がよく分かる。恐らく、生まれながらにインターナショナルな人間はいない。世界中の誰もが各々の文化を背負い、相手の文化も受け容れていく。彼女が家主のウェスト夫人から学んだ、ジェントルマンシップ、移民との暮らし方、ナニー文化など、非常に深い洞察に満ちた本だった。2013/04/22