内容説明
平安前期、初代蔵人頭(くろうどのとう)を務めた藤原北家の貴族。嵯峨天皇の信任厚く、側近として政界の頂点に立ち、のちの摂関家興隆の基礎を築いた。漢詩、薫物(たきもの)にも才を発揮したほか、藤原氏の族長として氏族の結束を促し、また最澄・空海を支援するなど、仏教界にも貢献した。薬子の変や頻発する自然災害に大きく左右された時代に生きた非凡な政治家の生涯に迫る。
目次
はしがき/父・内麻呂の時代(南家の隆盛と北家の退転/内麻呂と雄友/伊予親王の変/母・百済永継と良岑安世)/官僚としての冬嗣(官僚冬嗣の誕生/参議緒嗣の存在/蔵人頭就任/薬子の変)/冬嗣政権への道(参議就任/内麻呂の死/園人首班体制/冬嗣政権の誕生)/嵯峨朝後半期の冬嗣政権(災害頻発の国難/天人相関思想/ノブレス・オブリージュ/富豪の財力活用と国司の不正禁止)/淳和朝初期の冬嗣政権(嵯峨天皇の譲位/淳和天皇と冬嗣政権/淳和朝冬嗣政権の政策/冬嗣と緒嗣)/さまざまな冬嗣―族長・文人・合香家・仏教外護(プレ「藤氏長者」としての冬嗣/文人としての冬嗣/合香家としての冬嗣/天台・真言両宗外護としての冬嗣)/冬嗣の死とその後(冬嗣の急死/法編纂と修史事業―弘仁格式・内裏式・日本後紀/家族と親族/邸宅)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
崩紫サロメ
14
藤原摂関家の基盤を築いた冬嗣。著者は彼の財政政策に注目する。嵯峨天皇は前帝平城の緊縮財政から積極財政に転じ、華やかな弘仁文化を開花させ、冬嗣はそれを支えた。しかし嵯峨帝時代は干魃・地震・疫病が続く国難の時代でもあった。冬嗣は富農の蓄えている稲穀を供出させ困窮の徒の借貸するノブレス・オブリージュ政策を行った。また、エリート層のための勧学院、貧困層のための救貧院・施薬院に私財を投入し、藤原氏の下に統合していった。冬嗣は香合家の嚆矢とされるが、施薬院での活動との関係を指摘する。2026/06/28
源義
1
真楯(八束)が死んだ時、内麻呂は11歳とのこと。ここから不遇の北家を立て直し真夏・冬嗣をそれぞれ平城・嵯峨に配したがまずすごい。不比等の北円堂に対して南円堂を建てられるにふさわしい。あとを継いだ冬嗣も政治・文化両面でリーダーシップを発揮してすごい。息子の長良・良房・良相の3人合わせて冬嗣1人分ともいえ、摂関家草創期のエネルギーを感じる人物。 内麻呂、冬嗣、良房、基経、これだけ続けばそれは北家が天下を取るのも納得。2024/07/21
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