内容説明
江戸時代後期の蘭学・医学・教育者。備中国足(あし)守(もり)に生まれ、大坂・江戸・長崎に学ぶ。蘭医学者として西洋の最新医学の受容・研究に努め、種痘の普及やコレラの治療法に画期的な業績をあげた。適(てき)塾(じゅく)を主宰し、福澤諭吉をはじめ、多方面にわたり活躍した英才を育成。奥医師、医学所頭取に就任まもなく急逝した。日本の近代化への先駆者の生涯を描き出す。
目次
はしがき/幼少時代(出生と家系/家族と縁戚/幼少のころ/医学を志す/「出郷の書」)/大坂と江戸での修業時代(大坂の中天游塾/江戸での修業時代)/長崎での修業時代(長崎での研究生活/洪庵と交際した人びと/修業時代の研究業績)/大坂における開業・開塾(開業当時の大坂の社会状況/洪庵、八重と結婚/瓦町に居住/過書町塾に移る/適塾の展開/洪庵・八重の暮らしぶりと子供たち)/蘭医学書の翻訳と洪庵(洪庵「適適斎」と号す/洪庵の学問的業績)/大坂除痘館の開業とジェンナー牛痘法の普及(ジェンナー牛痘法の輸入//大坂除痘館の開業/一開業医としての洪庵―回勤と治療/洪庵の医学観)以下細目略/晩年の奥医師・西洋医学所頭取時代/洪庵の最期/おわりに―緖方洪庵の人間像/緒方氏系図/略年譜
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
AICHAN
19
図書館本。幕末、種痘やコレラ予防などで活躍しつつ適塾を開いて多くの有為な人材を育てた緒方洪庵。その人材を見ると福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介…教育者、兵学者、政治家等と多岐にわたる。洪庵は塾生に自由に勉強させた。規則で縛らなかった。「医師の義務」12カ条はあった。しかしそれは医師のあり方を示すもので、塾生の日常生活を縛るものではなかった。医師になれとも洪庵は言わなかった。塾生の判断に任せた。現代の学校は教師が生徒を管理するための規則で生徒の自由を奪い個性を潰す。適塾に学ぶ点は多いと感じた。2016/05/20
Go Extreme
2
幼少時代: 出生と家系 家族と縁戚 「出郷の書」 大坂と江戸での修業時代: 大坂の中天游塾 江戸での修業時代 長崎での修業時代: 長崎での研究生活 洪庵と交際した人びと 修業時代の研究業績 大坂における開業・開塾: 開業当時の大坂の社会状況 洪庵、八重と結婚 瓦町に居住 過書町塾に移る 適塾の展開 洪庵・八重の暮らしぶりと子供たち 蘭医学書の翻訳と洪庵: 洪庵「適適斎」と号す 洪庵の学問的業績 大坂除痘館の開業とジェンナー牛痘法の普及: 洪庵の医学観 晩年の奥医師・西洋医学所頭取時代 洪庵の最期・人間像2024/09/12
こ~じぃ。。
0
適塾にて多くの人材をも育成した偉人(^^)2016/07/30
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