内容説明
したたかでアンフレンドリーな、アルプスの小さな山国スイス。在住20年にもかかわらず、いまだここが「居場所」とはいえない――。そんな悶々とした中で出会ったのは、妙に謎めいた、多国籍な仲間たちの合唱団だった。悪戦苦闘の日々、少しずつ謎がとけてゆく仲間たちと、声を合わせて歌いながら「スイスという国」に根を張ってゆく、異文化合唱エッセイ。
(本書「あとがき」より)
居場所ってなんだろう。歴史のどの時点で、世界のどの地点に生を受けるかなど、偶然の出来事でしかない。たまたま居合わせた場所や状況や歴史的時間の中で、人はどうやって居場所を探し、それを耕していけるのだろう。居心地の良い場所が築きにくい時に、息苦しい時に、仲間に入っていけない時に、どこにどうやって慰めを見つけたらいいのだろう。
花の種が風に吹かれてどこかの土に着地する。よく知らない両隣の人たちと共に声を合わせて歌いながら、そんなイメージを私は度々思い浮かべていた。小さな種が、着地したその場所でむっくりと芽を出し、固い土の中にじわりじわりと根を張っていく様を想像した。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
trazom
95
スイスに移住し、どうしてもこの国に溶け込めないで悩む著者が、合唱団に参加することを通じて居場所を見つけてゆく経験が綴られる。合唱について、ドイツ語について、スイスという国についてなど、著者の知性に溢れた観察眼が鋭い。ベタベタとした人間関係とは対極の冷たさに戸惑うが、いろんな人種や言語がでこぼこに混在する合唱団を通じて、著者は「多様性と言えば、何やら今風だけど、そんな大げさなキャッチフレーズでなく、こうして無造作に偶然にでこぼこな感じ、それがいいのだ」と悟る。読みながらじわっと思索が膨らんでくるいい本だ。2022/03/26
ぽけっとももんが
8
スイスといえばハイジ。雪を抱いたアルプスと、チーズやチョコレート。スイス、素敵ね、などと言いつつ知っているのはお粗末な限り。その謎の国スイスに住む著者も、どうもスイスには馴染めない。公用語がドイツ語といってもスイスドイツ語はかなり違うらしい。一念発起して参加した合唱団でも、奇跡が起きて素晴らしい仲間と喜びのハーモニーを奏でたりもしない。でもどうやら気難しい人が多そうなスイスで合唱を通じて少しずつ馴染んでいく、その様子がとても好ましい。2022/06/10
mick
3
最初、文章表現にうまく馴染めなくて時間がかかったが少しずつ合唱団での動きが出てくるとページが進むようになった。スイスという国、人柄についてなど、本書を読んでいなければ知ることもなかっただろうなあ。貴重。2022/06/10
Yasuko
2
スイス在住の著者が、合唱団を通じてなんとなく居心地の悪いスイスという国に自分の居場所を少しずつ見つけていくという異文化エッセイ。誰にも話しかけられず、意味もなくトイレに行ったりして、「子供じゃないんだから」と自分にツッコミを入れたりするところとかクスリと笑ってしまう。自分もこれまで何カ国か転々としてきて、現在同じくスイス在住、こういう間の悪さを何回も経験してきたので共感できるところも多々。長坂さんは、『モザイク家族』や難民問題を扱った『難民と生きる』など幅広いテーマで書かれていて、これらもオススメ。 2022/04/11