内容説明
「ちょっと待ってほしいのだが」私はトムという名の猫に話しかけた。猫に喋りかけていること自体、眩暈を覚える思いだったが致し方ない。前には猫がおり、自分は身動きが取れず、しかもその猫が私に理解できる言葉を発しているのは事実なのだ。目を覚ましたら見覚えのない土地の草叢で、蔓で縛られ、身動きが取れなくなっていた。仰向けの胸には灰色の猫が座っていて、「ちょっと話を聞いてほしいんだけど」と声を出すから、驚きが頭を突き抜けた。「僕の住む国では、ばたばたといろんなことが起きた。戦争が終わったんだ」――伊坂幸太郎、十冊目の書き下ろし長編は、世界の秘密についてのおはなし。野心的傑作。/解説=松浦正人
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
youmar Jr.
30
現実には起こらないこと 2022/08/17
川越読書旅団
26
ラブレーのガルガンチュアだったり、デフォーのガリバー旅行記であったり、やや冗長ではあるのだが、物語の展開が中世・近代ヨーロッパの名作にあるような不思議かつ魅力的な設定と展開で、終始ワクワク感満載に読了させて頂きました。2023/09/10
hnzwd
22
普通の男が目を覚ますと、見覚えの無い土地で身動きが取れなくなっており、猫に話しかけられる、という満点の冒頭シーン。猫の依頼に従って動き始めると、その土地の戦争に巻き込まれ、、。帯にある作者自身の「もっとも本格ミステリー度が高い自信作」ってのがすでに伏線なのか。2023/04/02
サウスムーン
15
ファンタジー色の強い戦争もの。トムという猫の視点でおおよそ進むかなり独特の世界観。手探り状態の展開と物騒な描写に気後れしつつも、魅力的な猫たちに引っ張ってもらって中弛みなく読める。とある転換期を起点に一気に見えてくる真理は読んでいて気持ちが良いし、物語の収束後にはホロリ。読み終わってみれば冒頭からずっと伏線。そういう意味で、マイクロスパイアンサンブルを彷彿させる。戦争の描写には現代にも通じる絶望や祈りがあり、猫と鼠との関係の中にも教訓があった。ユニークで不思議な世界観の根底に伊坂さんのメッセージを感じた。2022/12/04
透子
8
端から分かり合えない、と決めつけて、他者への歩み寄りを拒絶すること。これは一種思考が停止している状態と同義なのかもしれない。話す言語や肌の色が違ったり、もっと言えば猫のような別の種族の動物(!)であろうと、相手を知ろうとすることはできるのだから。その一歩を踏み出したとき、目の前に開かれるのは、必ずしも自分の価値観と相容れるものではないだろう。しかし、そのときになってから初めて、相手との距離感をどのように取っていくか考えても遅くはないのではないか。今一度、自分の生活を内省してみようと思う。2022/04/23