内容説明
旧知のNPO法人「フェロウシップ」から、民事裁判の法廷通訳をしてほしいという依頼が荒井尚人に舞い込んだ。原告はろう者の女性で、勤務先を「雇用差別」で訴えているという。かつて勤めていた警察で似た立場を経験した荒井の脳裏に苦い記憶が蘇る「法廷のさざめき」。何森刑事と共に、急死したろう者の男性の素性を探る旅路を描く、シリーズ随一の名編と名高い「静かな男」など、コーダである手話通訳士・荒井が関わる四つの事件。社会的弱者や、ろう者の置かれた厳しい現実を丁寧な筆致であぶり出した〈デフ・ヴォイス〉シリーズ第3弾。/解説=池上冬樹
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
旅するランナー
259
デフ·ヴォイス③。主人公荒井尚人にも家族ができ、子育ての悩みに直面する。産まれてきた聴こえない子に、人工内耳をせずに、手話を母語として育てる決意をする。何森刑事とのバディ感も増した「静かな男」も深い感動をもたらす。全体的な静謐さの中で、弱者たちの慟哭が心に響いてくる。2022/04/11
venturingbeyond
69
デフ・ヴォイス第3弾。短篇4編が収められているが、これまで同様どれも素晴らしい。4編に共通するのは、マイノリティとしての聾者が置かれた不均衡な立場。十全な医療サービスを享受することからの構造的排除、マジョリティが押しつけるステレオタイプをなぞることの強要、聴者とスタンダードな日本手話話者からの二重の排除、職場における合理的配慮の不在(エンパシーの欠如)と、それぞれ聴者のマジョリティ性が炙り出されるエピソードが続き、我々読者の認識が揺さぶられる。2023/01/18
piro
55
デフ・ヴォイスシリーズ第三弾、待望の文庫化。手話通訳士の荒井が出会った4つの事件を通じ、聾者が生きる世界の一片を見せてくれる作品です。私たちが無意識に暮らしていると見逃してしまいがちな視点。本シリーズは毎回その視点に気づかせてくれる気がします。重くなり過ぎず一気に読めますが、心にしっかりと爪痕の様に残る、そんな作品でした。漸く荒井がみゆき・美和と家族になった事を知り、何だかホッとした気持ち。様々な問題が降り掛かりますが、少しずつ前に進んで行くさまに喜びを感じました。2022/01/13
katsubek
54
シリーズ3作目。新しく、「SODA(Sibling Of Deaf Adults/Children)」という概念が出てきた。因みに、「sibling」は男女の別なく(もちろん年上にも年下にも)使える「きょうだい」のこと。素敵な言葉だ。他にも様々な話があるが、一貫しているのは、聴者とろう者とのギャップ、そして、とりわけ、そのギャップに気づかない聴者という構図である。「歩み寄ろうとしてくれない」マジョリティー。これこそ、マイノリティー問題の本質に他ならない。読むことを強く勧めるシリーズである。2022/06/29
yumiha
50
デフ・ヴォイスシリーズ3冊め。聴者ならあっさりスルーできることが、ろう者には理不尽な壁として聳え立っている現実を突き付けられた。特に表題作は、「緊急の119番がしたくてもできないんです(p67)」結果、命が奪われてしまうストーリーで、しばし考え込んだ。進学にも仕事を続けるにも困難が伴うろう者の日々は、どうしたらいいのか…。「静かな男」のラストは、取っつきにくい刑事と思ってきた何森が、温かい映像を心に浮かべる。エエなあ。何森シリーズも読んでみたいと思わされた。2023/12/02