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内容説明
重罪人は、火あぶり、牛裂(うしざき)、鋸引(のこぎりびき)。
減刑されても、耳そぎ鼻そぎ。牢屋の中は、疫病蔓延、リンチの嵐。
残酷時代、減刑化の時代を経て、明治維新へ。
闇の歴史に光を当てる、驚愕の全二十六章。
戦国の気風残る江戸初期、重罪人は火あぶり、牛裂、釜煮などの酷刑に処され、時に罪人の家族までもが処刑された。
人命軽視の時代である。
時を経て江戸中期、将軍吉宗により刑の緩和化、法令集の編纂など、刑罰改革が断行される。
そして明治維新以後、獄門・打首などの伝統的極刑が廃止され、近代刑法の時代を迎え、不衛生だった牢環境の整備も進む。
──江戸時代から明治十年代までの罪と罰、牢獄の実態を、古資料から照らし出す。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
たろーたん
3
新入りの囚人は、牢名主と牢内役人の前で、犯した罪を述べさせられ、用便の仕方に加え、牢内の掟(牢法)を叩き込まれる。さらに、キメ板(便所の蓋)で尻を叩かれるらしい。牢内の便器が縦24センチ×横12センチと小さく、汚くしないように指導される。便所を使う時は名乗り出なくてならず、詰番の許しがないうちに用便しようとすると「畳仕置(畳の上に座るのを禁じ、板の間に起臥させる)」を受けることになる。ちなみに、岡っ引きが入ってきたら大便を食わせて、キメ板で叩き殺すらしい。トイレの使い方でさえ異様に厳しい所、日本っぽい。2023/11/27
ひろただでござる
1
見せしめとしての刑の執行は酷ければ酷いほど良し!とされた江戸初期。その後未決囚は罪人ではないとした吉宗。冤罪を生むのは役人世界の構造的弊風と悪習であるとして死罪を適用するのにとても慎重になる幕府(幕末除く)。「公事方御定書」は極秘文書で三奉行など幕府のごく限られた役職の者しか閲覧を許されなかった(禁を破ると厳罰)が、大体の内容は庶民に知られていたがタテマエはあくまで極秘…というのがいかにも❝日本的❞で笑える。巻末にある「改革と変化がすなわち進歩と改良であるとは断言できない」は大変重い言葉だと思う。2022/07/22
滋浩北井
0
江戸初期から明治まで、罪に対する罰の妥当性の感じ方の変遷がよくわかりました。それにしてもあぼれんぼう将軍goodjob。2024/09/06
Arte
0
江戸時代辻斬りし過ぎだし、縁座めちゃくちゃあるし、乱心した主人に殺されかけて闘ったら死罪だし、その理不尽さはどこかの宗教法並み。一方で、南宋時代には既に法医学書があったとかで、冤罪という概念もあった模様。冬に牢屋内での男色を取り締まったら(寒いから同衾してついつい、らしい)腸チフスが激減した話が何とも。2022/09/23