内容説明
「若い医者と軍人の結合体にとって、詩と死はただの同音ではなかった」(谷川雁)
医師で詩人の著者は臨時召集を受け、軍医少尉として出征。北ビルマの最前線ミイトキーナでは、司令官・水上源蔵少将に対し死守が命じられるが、少将は残存将兵への転身命令を発したのち自決。部隊は全滅を免れるも、その後は「中国の雲南からビルマをよぎって、タイのチェンマイまでの泥まみれの敗退」となった……。
壮絶を極めた南方戦線から奇跡的に生還した著者は、その記憶を書き残す決意を固めるには四半世紀の時間を要したと述懐している。一九六九年夏に西日本新聞に連載した「月白の道」は、2000キロの敗走を綴った戦場の記録である。
第一篇には、「私たちはおたがいに心の虫歯をもっていたほうがよい。…でないと、忘却というあの便利な力をかりて、微温的なその日ぐらしのなかに、ともすれば安住してしまうのだ」とある。声高に叫ぶのではなく感情を抑えたさざ波のような断章が連なり、野呂邦暢や川崎洋らが賞賛する詩的な香りの漂う孤高の戦記文学となった。
都合三度刊行された『月白の道』の「序」「あとがき」に加え、二度目の刊行時に書き加えられた後日譚とも言うべき「南の細道」、文藝春秋に寄稿した「軍神を返上した水上少将」、および、私家版『定本 丸山豊全散文集』から戦争・戦友に関する一〇篇を収録した、戦争散文の集大成。
さらに、谷川雁の追悼文、野呂邦暢、川崎洋、森崎和江のエッセイ、映像制作者・木村栄文の「『月白の道』に寄せて」を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
筑紫の國造
9
ミイトキーナからの退避行を描いた、まことに抒情感あふれる戦記文学。著者は軍医かつ詩人であり、生死の端境にある戦場の悲惨さを抉り出しながらも、決して単なる「悲惨な戦場」の描写に終わらない。そして本書の核はなんと言っても、軍神を返上し、軍の命令に背いてまで部下たちに撤退を命じて自決した水上源蔵少将の存在だろう。人間の醜さが露骨に現れる戦場という極限状態に場にあって、「平凡な徳」を保持し続けた水上少将は猛将でも知将でもないが、部下にとっては確かに何者にも勝る存在だったに違いない。彼こそ「軍神」であろう。2023/08/19
Ted
4
‘70年4月刊。◎水上源蔵少将のような人がいたということを知ることができただけでも本書を読む価値がある。2024/05/23
nickkk
1
もともと詩の表現が上手いと感じて詩集を探していたのだが、出版日が2021年だったこちらを読む。散文集ということで期待はしていなかったが、西日本新聞に感謝するほど良かった。戦後25年に司令部付軍医士官であった著者が体験したことを記しており、彼の地位は他の題材でも見ないもので、例えばペストを全く架空の魔霊と思っていて、陣地をノアの方舟と表現するなどうまい。なかでも水上中将の戦場にいながらも人格的な様相に衝撃を覚えた。その後の南の細道では傍から見えるほどに熱がなく、自分を老醜と表現するのは悲しかった。2024/06/01
昼寝
0
手榴弾が、敵への攻撃ではなく、いつも自死のために用いられていることの悲惨さ。2022/11/26
ししゃも奢り
0
戦争反対としか言いようがない。2022/07/03
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