内容説明
感覚的、幻想的イメージ、風刺と暗喩の交錯する詩的文体。時間と空間を否定した特異の作品世界を築き、「桃の園」に描かれる記憶の不明をはじめ、作品の底に澱のように淀む家族の影は、現実の不安を描出する。表題作「ピクニック」のほか、「競争者」「窓」「木の箱」「月」「既視の街」「くずれる水」「豚」「鎮静剤」「家族アルバム」「あかるい部屋のなかで」の12篇を収める短篇集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
踊る猫
30
過去を向いているな、と思う。凡庸な言い方をするが、それこそ「記憶を生き直す」ことが試みられていると。だから言ってみれば、思いつくままに書くとプルーストやゼーバルト、ナボコフが書いたような作法で自分の記憶と批評的に向き合いそこから哲学的とも言える思索・思弁へと至る。そこに官能というスパイスがまぶされることで(だが、ことごとく書かれる男たちがこれまた「凡庸」な人間たちばかりに見えるのは私だけだろうか?)独自の世界が形成される。観念的・哲学的な思考とエロティックでフィジカルな描写のアマルガム、と言えると思われる2023/05/02
ちぇけら
25
赤茶けたプランタの多肉植物に縫針を刺し、時間を濾過するような灰白の殺風景な部屋で半透明の分泌物が流れ出るのを見ていた。いや、そうではなくてS町の安ホテルでスプリングの壊れたベッドを過度に軋ませながら屹立した欲情をそそぐときの、内部の襞の感覚に痺れた脳漿について考えていた。あるいは、むず痒い愛撫のように粘着質で確実に服を濡らす驟雨から逃れるために入った映画館で、猥雑なB級映画を観ていた。〈ありふれた日々は永遠という概念を借用した瞬間によって〉繰り返される。男根的欲求に支配された腰まわりの永久運動のように……2019/12/21
あ げ こ
15
「桃の園」を愛すること。この小さく愛らしい、繊細な夢のミニチュアのような一篇、金井美恵子の短篇のすべて(すでに書かれたもの、まだ書かれていないもののすべて)を含んで満ちて、熟して、内側から輝く一篇を。この上なく自分は愛している。エピグラフの深沢七郎、〈ある春の日に、ピンクの花を咲かせた黄桃の実のなかに、甘い蜜が湧いて、熟して、したたるように〉して、金井美恵子の小説が書きはじめられたものであることを、自分は「桃の園」を読むとき、最も実感する。〈桃の実の熟した蜜がしたたらせる蜃気楼の内に入り込み…〉2023/12/27
あ げ こ
14
くらくらと、めまいがし、ゆらめいてしまい、微睡み、痺れ、うっとりとし、貪り尽くそうとし、享受し尽くそうとし、息苦しくなり、衝動を、悶え、叫び出したいと求める、このまま倒れこみたいと求める衝動を、目をつむり、息を吐き、堪える。幸せだ。恐ろしいくらいに。息苦しいくらいに。叫び出したいくらいに。あまりにも。幸せであると感じる。迷宮のよう。継ぎ目なく、間隙なく迷い続けると言う至福。触り、聞き、目撃し、味わい、嗅ぎ、感じ、繰り返し生きると言う至福。幾度となく生き直すと言う至福。再び巡り会う事で、思い出すと言う至福。2018/10/16
しゅん
12
語る主体と語られる客体それそれが重層化し、時間が溶けて、腐り、果てる。桃は熟し、水はくずれる。雨のイメージ、病院のイメージ、箱のイメージ、セックスのイメージが読んだ後にこびりついている。「私」を女性だと想定してたら、男性として設定されていたことが何度かあった。2022/11/28
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