内容説明
災害および厄災の記憶と伝承をめぐる問題について、教育関係者や災害の専門家が、教育哲学・防災学等の視点から検討する。先行世代から後続世代に災害という負の出来事・体験を伝えることは、教育においていかなる可能性となるのか。その課題について思想的に踏み込んだアプローチを行い、新たな理論の構築とそれに基づく実践を目指す。
目次
はじめに[山名淳]
序章 災害と厄災の記憶に教育がふれるとき[山名淳]
一 問題関心とキーワード
二 「厄災の教育学」の暫定的な地図
三 本書の構成と各章の概要
第I部 場所が語りだす記憶に耳を傾ける
第一章 〈非在のエチカ〉の生起する場所─水俣病の記憶誌のために[小野文生]
序─受難の記憶誌
一 孤独な魂のさまよい
二 絶対孤独が生み出す関係性
三 救うものと救われるものの相互照応
四 加害者への憐憫の情
五 対立構図からの転換と赦しの可能性
六 「悶え加勢」から問い直される共同性
七 水俣病における認定問題と潜在性─承認のポリティクス
八 「存在の現れ」の政治─グレイゾーンに向き合うこと
九 〈非在のエチカ〉のために─存在でも無でもなく
むすび─「もうひとつのこの世」の余白に
第二章 東日本大震災における教師の責任─ある保育所をめぐる裁判を事例として[田端健人]
一 記憶として何を伝えるべきか
二 選択の方法論─事例研究の学術的根拠づけ
三 東日本大震災による学校の被害状況
四 ある保育所の訴訟事例
五 争点
六 リーダーの〈予見〉
第三章 災害ミュージアムという記憶文化装置─震災の想起を促すメディア[阪本真由美]
一 地震と災害
二 震災の記憶とはなにか
三 災害の記憶のミュージアム「人と防災未来センター」
四 人と防災未来センターにおける災害の記憶の展示
五 災害ミュージアムの位置付けの変化
六 むすびにかえて─防災・減災への視座
第四章 広島のアンダース─哲学者の思考に内在する文化的記憶論と〈不安の子ども〉[山名淳]
問題の所在─〈ヒロシマ〉論と〈広島〉論の亀裂をめぐる問い
一 世界状況としての「ヒロシマ」と新たな「倫理的連帯」
二 広島の都市空間に対する違和感
三 把握しがたい「モノ」としての原子爆弾
四 「誤っていた回答」の寓話─アンダースによる広島論の基底
五 〈不安の子ども〉─描かれざるアンダースの文化的記憶論
第II部 厄災を受けとめる思想の作法を探る
第五章 災害の社会的な記憶とは何か─出来事の〈物語〉を〈語り‐聴く〉ことの人間学的意味について[岡部美香]
問題の所在
一 出来事を想起する─いまここで過去の出来事を生きる
二 出来事の記憶を語ることは可能か
三 美的な営みとしての〈語り‐聴く〉こと
四 むすびにかえて
第六章 厄災に臨む方法としての「注意」─「不幸」の思想家との対話[池田華子]
一 教育の立場から厄災について考える、ヴェイユとともに
二 「不幸」を語るヴェイユの言葉
三 方法としての「注意」、あるいは「不幸」の引き受け
四 受動=受苦の地平から
五 アナロジーを通じた「不幸」への応答
六 「不幸」をケアする─短いあとがき
第七章 学校で災害を語り継ぐこと─〈戸惑い〉と向き合う教育の可能性[諏訪清二]
一 語る意味
二 防災教育
三 語り継ぐ活動
四 若年層が語り継ぐ意味
第III部 次世代に伝える課題の重さを考える
第八章 それからの教育学─死者との関わりから見た教育思想への反省[矢野智司]
ほか