内容説明
著作のほとんどが発禁となったことで知られる叛骨の思想家。思わぬ病で歩行の自由を失い、余命の長からぬことを悟った彼が「生きながらの屍の上に自ら撰せる一種の墓誌」として語る生い立ちは、まさに「数奇」というほかない。幼少期に見た土佐の民権運動、大阪や東京での勉学の日々、作州津山での灼熱の恋と別れ、ジャーナリズムの夜明けと大陸への渡航、従軍、筆禍での下獄……。近代日本人の自叙伝中の白眉。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
hasegawa noboru
4
わずか四十歳、足なえ<起つ能わざる>病躯の身には<すでに長きに過>ぎる生涯であると嘆じ、「数奇伝」と題して、そうあるのも自業自得と自嘲する。忘れられた明治の作家の自叙伝、文庫本復刊。若き日の田舎芸妓との恋愛の破綻の顛末、三十代、協議離婚に終わった七年間の愛なき妻との生活を回想し<いたずらに過去の悔恨に耽るを、自ら憐れむのみ>。<強者に対する反抗、弱者に対する同情、これが予の思想の基石である>がしかし<美を歌い芸に遊ぶことが、襤褸を纏う者になんの慰めをか与えよう>と生涯かかわった文筆の業の世に無力を嘆く。2020/12/06
刳森伸一
3
明治を生きた思想家兼文芸評論家である田岡嶺雲の自伝。今はほとんど忘れられた人の自伝だが、これがなかなか面白い。社会主義的な思想を持ち、格差や差別のない世界を夢見た田岡の破天荒で不遇な人生と、自己憐憫と自己弁明を隠そうともしない語りはまるで一篇の小説のよう。言論統制化で書かれたものであるため、韜晦で婉曲的なところも多いが、鋭い批判的精神が宿っていると思う。2021/05/20